第3話 資産家と殺し屋と女スパイ

 午後7時少し前…兵頭邸。

 

 影良太かげりょうたはその豪邸の門前に立っていた。


「はぁ、金持ちの家ってのはどうしてこうも似たり寄ったりな感じになるんだろうな」


 勝手に開いた門を通過し、やけに広い庭を通って屋敷のドアを開ける。内装もよく見るようなThe・金持ちという印象を受ける。

 辺りを観察しようとすると、それを遮るかのように奥の空間から初老の男が歩いてくる。服装からして執事なのだろう。ここに来てようやく案内役の登場というわけだ。


「影良太様ですね。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


「あぁ…」


 執事に続いて進むこと数分、通された談話室には先客がいた。当主の金左衛門ではない。恐らくは20代前半の女だ。

 その女・アイリは影良太に気づくと受けのよさそうな笑顔を向けてくる。


「影良太さん…凄腕の殺し屋さんよね。お会いできて光栄だわ」


「心にもない事を言うな女スパイのアイリ」


「あら、私を知ってるのね」


「敵にはなれど味方にはならない信用できない女スパイ…この世界じゃ有名だろ」


「顔出しはしてないんだけどねぇ」


 不思議がるアイリを前に、影は以前を思い出す。

 実は前に、アイリの始末を依頼されたことがあった。その時に彼女のことを調べたのだ。素顔を知っているのはその名残。

 最も、その依頼自体が影に恨みを持つ人物の罠で仕事はおじゃんになったのだが。


「よぅ!二人とも揃ったな」


 最後に入室してきたキツネが執事に合図を送ると、彼は頷いて部屋を出ていく。


「さて…これから以来の概要説明が始まるわけだが」


「おい待て。依頼人はどうした」


「そうよ!ここまで来て顔を見せないなんて…!」


「焦るなよ。実は兵頭氏はこの頃、調子が悪くてね…ここの空気は合わねぇってことでちょっと北海道のほうに行ってるのさ。だが対面はするぜ?画面越しにね」


 キツネがそう言うと、部屋の壁が展開し巨大スクリーンが姿を現す。


『諸君、よく集まってくれた』


 画面に映ったのは白髪頭の老人だった。影とアイリ、二人の認識していた顔よりも老けて見えるが紛れもなく兵頭金左衛門ひょうどうきんざえもんその人だ。


「この方が依頼人・兵頭金左衛門だ。で、依頼内容は」


『待てキツネ。それはワシから話そう……今回キミたちに依頼したいのは、モナ・リザの娘の確保だ』


 モナ・リザの娘…影とアイリには聞き覚えのある単語だった。が、同時にこの依頼に対する不審が積もった。


「モナ・リザの娘ってのは…ミスター・プリント社が開発したウィルスバスターだと記憶してるんだが、そんなもんを盗めってのか?」


「公式ページで普通に買えるじゃない。ふざけてるの?」


 早くもソファから腰を上げかける影良太に対し、キツネがドアの前に立ち塞がって制止する。


「それも確かにモナ・リザの娘だけど…それとは別にあるんだよ」


『その通り。ワシの言うモナ・リザの娘とはソフトのことではない。ある装置の設計図が入ったメモリだ』


「ある装置?」


『火星探索用ロケットの設計図だ』


「火星探索ねぇ…んなもんを手に入れて、アンタにどんな徳があるってんだい?」


『それはキミたちが知る必要のない事…ではないのかな?』


「その通り。俺たちは依頼された品を手に入れて、報酬と引き換える…それだけだぜ?」


「ちっ!」


 キツネの言うことに一理あると考えた影良太は、舌打ちと共にソファに戻る。アイリはというと、すでに引き受ける気満々な様子でスマホを弄っている。


「私は当然、引き受けるわ。もちろん、報酬によるけどね?」


『無論、報酬は弾む。一先ずは前金だ、受け取ってくれ』


 画面越しの金左衛門の言葉の直後、執事がケースを2つ用意してそれぞれの前に置く。

 開けてみると、中にはケースいっぱいの現金…ではなく、現金1000万と極上の輝くを放つ宝石が一つ入っていた。

 アイリの目利きでは安く見ても億は下らない。コレが前金とはなんという大盤振る舞いだろうか。


『成功した暁にはその小切手に好きな額を記してくれ』


「素敵よ資産家さん!」


「ま、悪い仕事じゃねぇな」


 影良太から見ても前金の時点で魅力的だ。

 それに仕事内容も決して不可能ではないときた…引き受けない選択はなかった。


「じゃあ決まりだな。早速作戦会議と行こうぜ?」





「大神警部、兵頭金左衛門に動きがありました」


 警視庁公安部S課。そこに所属する警部・大神は部下の言葉を受けてPCから視線を上げる。


「本邸に3名の来客とのことです」


「誰だ」


「男二名、女一名……うち二人の詳細は調査中ですが、男一人はキツネと名乗っているとの情報が」


「キツネだと…そうか。車を出せ!」


 忙しなく出ていった部下を見送ると、大神はPCの画面に視線を落とす。

 そこに映るのはここ数年の狐による犯行の数々。


「キツネ……面倒なことになりそうだ」

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キツネ~攫った娘は訳アリ揃い 濵 嘉秋 @sawage014869

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