あなたはずっと遠くへ行ってね
@demeria
第1話
「長く地域で愛されてきた遊園地『スターランド』が閉鎖されることが決まりました。理由には設備の老朽化等があげられています。特に人気のスポットだった大観覧車は、閉鎖後、解体されるそうで、お客さんからは『残念』『ずっと見てきたから寂しい』といった惜しむ声が多く聞かれました。」
夏休みのはじめ、朝のニュースがたまたま耳に入った。
そういえばこの市にはそんな遊園地があったな。小さい頃は行きたいと両親に駄々をこねたこともあったが、結局行ったことはなかった。今になるまで思い出さなかったほど忘れていた。その程度の"行きたさ"だったのだろう。年齢が大きくなるにつれて、古くてぼろくて小さい遊園地よりも、新しいショッピングモールや、隣の市の綺麗な水族館、大きな複合施設、といったように行きたい場所の興味は目まぐるしく移っていった。
高校に入った今は、電車もバスも自分で乗ってどこへでも好きに行けるようになった。しかし行動範囲こそ広がったものの、どこかに行きたいとも思わないので、学校の最寄り駅のショッピングモールか、そこから電車で一駅のカラオケくらいしか、友達と行くところがない。
そんなことを考えている間に、ニュースはコロコロと次の話題に変わっていく。ニュースキャスターの口調に、ひとつひとつの話題の重みはそんなに感じられない。ささやかなニュースたちが次々と流されていく事に反抗するように、俺の思考は先ほどの遊園地の話題で止まったままだ。
そうか。壊されちゃうんだ、遊園地。
テレビをぼうっと眺めて聞き流しながら、ふっと悲しくなった。
最後くらい記念に行ってやろうかな。どうせ壊されて何もなくなるのに思い出をつくりに行くなんて空しい気もするけれど。今日、子供の頃の駄々を思い出したように、大人になってから、最後の日に遊園地行ったなあ、とふと思い出すだけのアルバムの1ページをつくりに行くなんて妙なしらじらしさがあるけれど。それでも、
行ってみたい、と素直に思った。
遊園地最後の日、当日。
園内にはそこそこの人がいた。有名どころのテーマパークに比べれば大盛況というほどでもないが、最後を惜しんでこれだけの人が集まったのかと驚くくらいの人混みではあった。きっと毎日これくらいの人が来ていたら、ここも畳まなくて済むんじゃないか。けれどほとんどが、俺とおんなじ、最後という言葉につられた人たちだろうと雰囲気から容易に察することができた。
俺は普通に園内のアトラクションを一通り楽しんで、やっぱり最後は、と、名物といわれる観覧車に乗りに行った。
この暑い夏の炎天下、日陰とはいえ、観覧車の列にならんで待つのは苦しい。もうあと五分もすれば、今乗っている人たちが降りて、次には乗れるだろう。気づけば、俺のひとつ前には大学生くらいのカップルが並んでいる。後ろを見れば幼稚園ぐらいの男の子をつれた家族連れだ。いくら最後の日の記念でも、一人で来ている人はそんなにいないのだろうか。かといって、彼女ができたことはないし、友達を誘うことも思いつかなかったし、しょうがないよなあ、とぼんやり思う。何がしょうがないんだか。そりゃ恋愛のひとつもしてみたいかもしれない。歯切れの悪い言い方になるのは、「彼女いました」、という肩書きのために、それこそ青春記念に、なかば無理やり恋をして告白して付き合って、という恋愛がつまらなく感じるからだ。大体学校の同年代で付き合ってるやつで、本当に相手のことがものすごく好きって人、どれくらいいるんだろう。遊びっていうんじゃないのだろうけど、恋愛というものがしたくて、ひいては型通りの青春ごっこがしたくて、無意識に役を演じこんでいるだけじゃないだろうか。それって楽しいのかな。お互いに失礼じゃないのかな。恋って一体なんなんだろうか。ほんとうに、したいと思う日が来るだろうか。こんなこと考えてぐずぐずと理屈っぽいから、俺は恋人がいないんだろうか。それとも逆に、恋愛にそこまでの純粋さを求めているのは過ぎたロマンチストなんだろうか。それは恥ずかしいな。かなり恥ずかしいぞ。そもそも遊園地に来る人の事を考えていたのに、いつの間にか恋愛論議に変わっているなんて、絶対おかしい。
ああ、一人でぐるぐる考える癖、何とかしたい。
一人で顔を覆っていると、列が動き始めた。
前のカップルがまわってきた観覧車に手を取って乗り込んで、次にスタッフが誘導した俺が乗るはずのゴンドラには、最初から人が乗っていた。
えっ。前の周の人だろうか。だったらスタッフに降ろされるはず。スタッフの人はなぜ乗らないのかというようにこちらを見る。その間にも観覧車はまわっていく。中に座っている人、女の子だ同年代の、は窓ガラスからふりかえってこちらを見た。可愛らしい顔立ちをしている。思わず目を奪われたが、知らない女子と一緒に乗るような勇気はない。相席は向こうにも申し訳ないだろう。このゴンドラは先客がいるのだから乗り過ごして、次のに乗ろう。そこまでを、ゆっくりと1つのゴンドラが目の前を過ぎるその一瞬の間で考えた。
やっと驚きが収まってきた時、女の子はこちらを向いてはっきりと手招きをした。
は?と思ったときには足は動いていた。もう10センチくらい宙に浮いたゴンドラにギリギリで乗り込んだ。我ながらちょっとマナーが悪かったな。スタッフが慌ててドアを閉める。
どうしてだろう。手招きされたら、一緒に話をしてみない手はないような気がした。せっかく出会った縁を信じてみたいなんてうさんくさいことを自分への言い訳にした。
きっと夏の空気の魔法のせいだ。夏はいつだって人を狂わせる。
けれど、間違いなく、ここで飛び乗ったことは自分で決めた自分の意思だった。
やっとの思いで、目をあわせられないまま向かい合って座る。顔を上げれば、ずっと外で並んでいた自分とは対照的に、誰だか知らない女の子はやっぱり涼しげだった。いろいろ不思議なことはあるが、さっきまで驚いていたことも、自分がこのゴンドラについ乗ってしまったことも、なんだかどうでもいい気がした。この人と話がしたい。知り合いになりたい。無性にそう思えた。
口を開きかけた時、しかし先に声をかけたのは女の子だった。
「こんにちは。はじめまして。私、千代って言います。ええっと、何話したらいいんだろう。でも手招きしたのに応えてくれてありがとう。嬉しかった。あなたと友達になりたいな。よかったら景色でも見ながらお話ししましょ。」
一気に話して、その子は、俺の目をじっと見た。「ああ、うん。俺は、瞬。瞬き、一瞬とかの瞬。よろしく。」
我ながら情けない、無難な返事。
すごく不思議な空間だと今更ながら思った。観覧車とは知らない男女が二人で乗るところだったろうか。変に緊張しているのに気づいてしまった自分の自意識にむせそうになって、意味もなく周りを見渡してみる。といっても、何もない狭いゴンドラ、景色もまだ低いのでいまいちだ。しかし室内はやはりクーラーが効いていて気持ちいい。次第に、落ち着いてリラックスしてきた俺たちは、趣味や好きなものなど当たり障りのない話をして打ち解けていった。
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