残火
清らかな光降り注ぐ中に風が流れ、それが止むと共にノヴァは慌ててエルクリッドの下へと向かわんとし、それをシェダがすぐに追いかける。
神闘礼儀を見届けたデミトリアは踵を返し歩き始め、それを見送りながらタラゼドが声をかけようとすると、先にデミトリアの方が口を開く。
「タラゼドよ、火の夢とあの娘が関連するかは……今の段階でははっきりとは言えぬな、だが無関係ではないのも確かな事」
「では……」
「まだ具体的な判断をするには早いというだけだ。それにしても……かつて儂に競り勝ったリスナーの弟子が渦中にいるとは、面白い話ではある、な」
堂々たるデミトリアは何かを思い返しながら静かに笑みを浮かべ、それを見送るタラゼドは静かに一礼し次いで視線を感じリオの方へと向き直り、神妙そうな面持ちの彼女が切り出すより前にある事を話す。
「可能であれば、エルクリッドさんには内密にお願い申し上げます。今はまだ、わたくしもはっきりと言い切れない事も多いのです」
静かに頭を下げたタラゼドの様子や、その後ろにいるハシュの頷きと横目で何かを訴えるリリルの二人の態度と合わせてリオはわかりましたと答え、同時にデミトリアが口にした言葉について考え始める。
(火の夢……確か、十数年前に起きた事件の……だがそれとエルクリッドが関係するのは何故? 彼女に、何があるのですか?)
思案しながらリオが目を向けた先にいるエルクリッドは未だぐったりと項垂れ、バエルに片腕を支えられたまま意識を失ったままだ。
駆けつけるノヴァとシェダが近づくとバエルは手を離し、それをすぐに二人が受け止めゆっくりと横にさせ容態を確認しシェダがカードを抜く。
「スペル発動ヒーリング……」
エルクリッドの身体を柔らかな光が包み込むんで傷を癒やし始めるものの、どの程度回復が見込めるかまではシェダは自信をもって安心とは言い切れず、その表情を見たノヴァもまたエルクリッドの手を握り寄り添う。
その様子を見下ろすバエルは何も言わずに背を向け、イリアが飛び去った方角の空を見つめながら静かに佇む。
何を考えているのか、火竜の星座を背負うバエルの後ろ姿をノヴァが見つめていると、エルクリッドが手を握り返し意識を彼女の方へと向ける。
「っ……あ、ノヴァ……」
「エルクさんっ! よかった……」
ゆっくり目を開けるエルクリッドはやや呆然としていたが、そっとノヴァに手を伸ばし頬を触ってから再び目を閉じて眠りにつく。
力を出し切り弱り果てているのは誰の目を見ても明らかだ。それでも生きているというのは奇跡か実力か、神獣がその気にならなかっただけか、いずれにしろエルクリッドが無事というだけでノヴァは胸を撫でおろす。
静寂の中でシェダの使うヒーリングの効果が切れ始めた時、バエルがおもむろに自身のカード入れよりカードを引き抜き、すっとエルクリッドの上に投げ置きノヴァに取らせた。
カードに描かれるは濡れた葉より垂れる雫を受ける水差し。金の枠を持つそのカードが魔法樹の朝露という希少なカードとわかり、初めて実物を見る驚きと共にノヴァがバエルの背に目を向く。
「こんな貴重なカードを……どうして、ですか?」
「戦いを中断せざるを得なくなった以上、別の機会に再戦する。それまで生きてもらわねば困るだけだ」
堂々と強く、それでいて何かを秘めるバエルの言葉に説得力と、何処か寂しげなものがあるのをノヴァは感じつつ、立ち去る彼を見つめていた。
孤高にして最強のリスナー、彼が強さだけを求める災禍というわけではない側面が見え、それは恐らく仇敵と捉えてるエルクリッドもまた同じだと。
ーー
静かなる風が吹く黄昏の闇の中、殺し屋トリスタンとヤーロンは向けられる鋭い眼光から目を逸らし、眼光の主が一歩前へ出ようとすると構わないと後ろから声が飛ぶ。
「十二星召がいた上に二体の神獣もとなれば撤退の判断は正しい。その上で可能な限り神獣の残滓を回収してくれたのは結果として有益な判断、今後の活動においては大きな利となる」
弱々しく飛びやがて落ちる蜂を掌で受け止め、抱え持つ鈍い光を放つ欠片をとって細長い硝子管に入れながらその人物はトリスタンらを評価し、それには鋭い眼光を飛ばしていた男も小さくため息をつき受け入れるしかなかった。
「十二星召に加えて
「大きな動きは必要ない。君らが守ってさえくれれば何処でも研究は続けられる……いざとなれば自分の身くらいは自分で守れるように備えはある」
淡々と語る人物が踵を返し歩き始め、それを見送りながらさらに息を深く吐いた男を見てトリスタンもニヤリと笑い、ヤーロンも釣られるように笑みをこぼす。
「はっ、頭の良い奴ってのは何考えてんだかわからねぇな。旦那の苦労には同情するぜ」
「同感あるネ。で、次の仕事は何カネ?」
気を取り直し男がトリスタンとヤーロンの方へ向き、二人にカードを投げ渡し受け取らせる。密造カードであるリスナーバインドのカードを二人がカード入れへとしまうと、男は次なる指示を与える。
「地の国にて新たな神獣の動きが見える。先に潜伏し調査せよ」
「そんでエルクリッドとかいうやつは見かけたら捕獲しろ、だろ。りょーかい」
不敵な笑みと共にトリスタンは闇に消え、ヤーロンも続きその場から去ると男は逆方向へと歩み、人知れず存在し緑に埋もれた遺跡の階段を下りていく。
やがて淡い青い光に包まれる部屋へとたどり着き、床や天井に蜘蛛の巣の如く張り巡らされる有機的な管に目を配りつつ、それらが繋がる先にある光を放つ物体の前に立つその人物に声をかける。
「ネビュラ様」
「敬称はいらない、と三十七回は言った」
「では、ネビュラ。エルクリッド・アリスターにこだわる理由は以前聞きましたが、あなたの技術ならば死者の蘇生も容易いのでは? あのトリスタンが手こずるとなれば生け捕りにするのは難しいかと」
ネビュラと呼ばれたその人物は羽織る黒衣のずれを直しつつ、男の問いかけに手に持っていた肉塊を見せ、脈動しつつもやがて動かなくなる肉塊を投げ捨てながら天井の方へと目を向け、何かを思いながら語り始める。
「器に入る魂が同一とは限らない事があるのは実証済み。まだ技術的に完全なものとも言えないのもあるが……」
ふとネビュラが言葉を止めそのまま沈黙し、血にまみれた手を顎にあてて深く考え込み始める。それを見た男は小さくため息をつきながらわかりましたと一言述べ、次なる話題を切り出す。
「オハムに対しては私も現場に赴きます。またポーラとラスターの二人も調整が終わり次第使います」
「その辺りは君に任せるよ。手に入れば良し、入らなくても、それはそれで結果が得られるから」
求めながらもそれを絶対としない様子のネビュラは淡々と、まるで虚無とも取れる態度には男も戸惑いを感じざるを得ない。しかし、それが魅力に思えたからこそと迷いを振り払い、ネビュラに頭を下げてからその場を後にする。
過去の残火が盛んに燃え始め、今を生きる者達の道を静かに燃やす。
吹き抜ける風は微かに災禍の香りを孕み流れ、知らず知らずの内に明日を目指す灯火たる存在を運命へと誘う。
To the next story……
星彩の召喚札師Ⅲ くいんもわ @quin-mowa
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