兆し

 戦いを見守っていたノヴァは何が起きたか理解できず、スパーダが撃破されその傷が反射し血を飛ばすエルクリッドの名を叫びかけた瞬間に、バエルがさらなる追撃を仕掛けた。


「スペル発動オーバーブレイク」


(オーバーブレイク、まずい、防がな、きゃ……)


 傷の痛みが全身に広がり意識が弱まる中でエルクリッドはカードを引き抜くも間に合わず、オーバーブレイクの効果によりスパーダが受けた攻撃の超過分の衝撃がカード状態のセレッタとダインにも及び、一気に三体のアセスを撃破されてしまう。


 当然、それはエルクリッド自身への衝撃となって襲いかかり、傷口がさらに広がるだけでなく場外へ弾き飛ばされ壁に叩きつけられる程となり、そのまま力なく座り込むほどの苦痛を味わう。


 対するバエルもムーンが膝をついてカードへと戻って手元に帰ると共に、ムーンが受けた十文字の傷が身体に現れ血を流す。が、少しよろけた程度に留まり、消え行く月草原のカードと共にカード入れにムーンを戻す。


 何が起きたかノヴァやシェダはわからず目を見開き、その中で状況を理解しつつも振り絞るようにリオが口を開いた。


「ドラマを適用する為にあえて何もしなかった……」


「ドラマ、ですか?」


「ホームカードにはスペルブレイクのような高等術がない代わりに、カード毎に特定のカードと状況が重なり合った時のみ発動するドラマという効果があります……ですが、一枚のホームカードに対して複数のドラマがある上に、それを満たす為には自分だけでなく相手のカードも必要な事もあります」


 ホームカードに秘められたドラマの効果。それをノヴァに伝えるリオは膝を置く手を強く握りながら額に汗を流す。


「ただ、あの男のように危険を承知でやるものでもありません。ましてやその必要がないくらいに強ければ……!」


「確かに、あいつの実力なら最初に召喚したガーゴイルでも十分エルクリッドを倒せたはずっすね……あの野郎、本気で潰しに来てやがる」


 リスナーであるリオの言葉にシェダもバエルの意図を察し歯を食いしばり、それが何かわからないノヴァは混乱しかけるも思考を張り巡らせ、答えへと導く。


「エルクさんの心を折るため、ですか?」


 どんなに戦う力が残っていようとも、その元となる心が折れてしまえば戦うことはできない。リスナーならば尚の事、心の迷いや揺らぎはアセスとの繋がりにも影響しカードの扱いにも響いてくる。

 バエルの狙いがエルクリッドの心を折った上で負かすのならば手間のかかるドラマを狙い、実行した事には大きな意味があるというもの。怪しいとわかっていても仕掛けざるを得ず、同時に失敗を恐れず賭けに出る心力の強さを見せつけられた形なのだから。


 ちらりとノヴァが十二星召の三人の方へ目を向けると、彼らの表情には特別驚きはない。経験の差からわかっていたというべきか、と、視線に気づいたハシュが月草原のドラマについて話し始める。


「狂狼の爪っていう詩がある。昔ある国で暴れ狂った人狼ワーウルフを騎士が追い詰めたものの、死の間際であっても力衰える事の無い力の前にやられちまったって詩さ……月草原はその詩を元にしたホームカード、もっとも、適用条件が騎士を相手とし、攻撃を受けて瀕死まで追い込まれるって条件で使用者自身も普段以上に傷つく諸刃の剣、普通はやらない」


 普通はやらない。話しながらハシュ自身や、エルクリッドをよく知るノヴァは彼女の戦い方を見抜いてバエルがドラマを用いたのではないかとも考えた。


 エルクリッドは真っ直ぐ相手を見て戦い、追い込まれても闘志をさらに燃やす。普通に戦っても逆に心を燃やし立ち上がるならば、その前に短期決戦で勝負を終わらせる。

 それは同時に、バエルがエルクリッドをよく観察し彼女の性質を理解してるということだとも、ノヴァは思い少し考えた。


(もしかして、バエルさんってエルクさんに……)


 そう思った直後にエルクリッドがゆっくりと、壁によりかかりながら立ち上がる姿を見てノヴァ達の意識がそちらに向く。

 スパーダの撃破による傷は痛々しく、それがさらに深くなって重傷そのもの。震える膝に力が上手く入らず倒れかけながらもエルクリッドは立ち、だが俯いたままで何処か不気味さを感じさせる。


(いたい……残ってるのは、ヒレイ、だけ……いたい……)


 自分の鼓動だけが大きく聴こえ目の前の景色は歪み、だがその中でもアセスの存在感や流れ出る命の雫の多さだけはわかる。同時に、エルクリッドは何かが背を押す感覚があり、それに従うように静かにカードを引き抜き、そのカードを見て思わず目を見開く。


(何、この、カード……)


 入れたはずのない、どころか全く見知らぬカードを引き抜いていた事に朦朧としていた意識が戻る。天に手を伸ばす女神が周囲から何かを奪い取っている絵が描かれたカード、知らぬはずのそのカードの名前と力が、エルクリッドには何故かわかっていた。


 しばしカードを見つめ使うかどうかでエルクリッドが悩む様子は他の者達にも違和感を与え、特にデミトリアは眉をひそめ静かに行動し始める。


「リリル、ハシュ、カードはすぐに抜けるようにしておけ」


「命令なぞ受けぬ、が、かの者がいるのでは致し方あるまい」


 答えたリリルが見る先にいるのは神獣イリア。神殿の頂上に座しながらじっと見つめる先にエルクリッドの姿があり、渦巻く光宿す眼には微かな敵意があったから。


 何かが起きようとしている。それがエルクリッドという一人の存在がもたらす事を、本人もまだ知らない。

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