神に捧ぐ礼闘

 イリアが静かにサレナ遺跡の狼煙が上がる場所へと降り立ち、同時に狼煙は消えて神の獣が翼を閉じて辺りを睥睨し始める。


 何かを求めているような仕草にも見え、それを真っ先に察するは帝王デミトリアだ。


「イリアは神闘礼儀を望んでいるな。それほどに、人の力を見たいということか」


「しんとー……れーぎ?」


 聞き慣れぬ言葉をぎこちなくエルクリッドが口にし、すぐにタラゼドが答えようとすると静かにクレスが何処からともなく現れる付き人ユーカからマントを受け取り、それを羽織って立ち去ろうとし始める。


「クレスさん、まだイリアが……」


「後はお前らでやれ。行くぞ、ユーカ」


「は、はい! 皆様お先に失礼致します!」


 切り捨てるようにハシュに答えるクレスに代わってユーカが深々とお辞儀をし、そのまま二人は帰路について立ち去って行く。

 それを無理にハシュも止めようとせず、ふうと呆れるようにため息をつくリリルもまたするりとエルクリッドのうなじを触り、びくっとする彼女の反応を見てクスクスと笑いながらふわりと身体を浮かせながら語り出す。


「神獣は時として自ら相対する者と戦い力を見定めるが、それとは別にリスナーの力比べを見届け自らを扱うに相応しい者を見定める……言うなれば神に捧げる演舞というべきもの、それが神闘礼儀。先に言っておくが妾はやらぬぞ、興味がないからの」


 神獣に力を示す機会。言い換えればそれはカードの入手に大きく手が届くというもの。

 無論その為にはただの戦いでは意味がないとは察する事ができ、拒否を口にするリリルの参加はまず消える。それを見越してたのかデミトリアも特に何も言わず、代わりにエルクリッドを見下ろしじっと目を見つめる。


「な、な、なんでございましょうか?」


「名は確かエルクリッド・アリスター、だったな。お前が神闘礼儀をやるか?」


「あたしが、ですか……?」


 圧倒され緊張の中で告げられた言葉はエルクリッドにとって意外であり、そして、そこから続く道を悟れて一気に緊張は治まり集中力へと変わる。

 一連の変化をデミトリアもまた感じとったのか、後ろに佇むかのリスナーの名を呼ぶ。


「もう一人はバエル、お前だ」


「お言葉ですが、そいつの実力はまだ未熟そのもの。神獣に力を見せるには……」


「我が目に狂いはない」


 改めてデミトリアはエルクリッドの方に目を向け、まっすぐバエルを捉え闘志を静かに燃やす彼女にかつて対峙したリスナーの面影と、それとは別に感じたものとを重ね見る。

 十二星召筆頭たるリスナーが何を考えているのかを理解できたのはタラゼドだけではあったが、今はそれに触れずに静かに話を推し進めていく。


「デミトリア様、神闘礼儀をお二人にやらせるのはいいのですが……本人の意思確認は必要かと」


「そうだな、で、どうだ? やってみるか?」


 威厳ある眼差しに対しエルクリッドが強い闘志を秘めた目で返しながら強く頷き、それを見たバエルもまた一人その場から歩み出しエルクリッドの横を通って行く。


 静かな承諾を受けたエルクリッドも深く息を吐いてからバエルの後をと思ったが、その前にとノヴァを見てニコリと微笑みそっと頭を撫でてやる。


「ちょっと戦ってくるね」


「はい、でも……」


「大丈夫、っていうには確かに力不足かもだけどさ……やるからには全力でやるよ」


 いつものように明るく、前向きなエルクリッドに恐れは感じられない。あったとしてもそれを上回る闘争心などが止まりそうな身体を後押しし、戦いへと誘う。


 エルクリッドがノヴァから手を離してからシェダ、リオと何も言わずに顔を合わせてから歩を進めると、ぴっと目の前にハシュがカードを出して制止させそのままそのカードを受け取らせる。


「ホントなら俺がやるべきなんだろーが、デミトリア殿の推薦なら従うしかねぇ。とりま貰っときな」


「ありがとうございます」


 礼を述べながらエルクリッドはカードを確認。スペルカードのバーンアウトという銀枠のカード、その効果も把握はしてるが銀枠カードが使えるかまではエルクリッド自身もわからない。


 だが何気ない気遣いが心を落ち着かせてくれたのや、仲間達が何も言わずやらせてくれることが申し訳なく、エルクリッドの心を冷静にさせる。

 無論、何かあっても止められるだけの者達がいるというのもあるのだろうが、何よりも、相対する者に対して退かず受けて立つ仇敵の姿勢が正々堂々としすぎてたから。



ーー


 バエルが向かった先にあったのはやや拓けた不思議な遺跡の区画であった。周囲を小さな水路で囲ったそこは闘う場として程よく、イリアが鎮座する場所からもよく見える。


 周囲を見回しながらエルクリッドもそこへと入り、ゆっくりと位置につく頃にはバエルも向かいに佇み、ノヴァ達も壊れた石壁等を椅子代わりに座りハシュとデミトリアは立って見下ろす。


「デミトリア殿」


 そう一言ハシュが名を呼んでから何か小さな紙をデミトリアに手渡し、それに目を通すデミトリアが神妙そうな表情をしたのをノヴァは気づくも、すっと隣にタラゼドが座った事で注意がそちらに向く。


「エルクリッドさんは、冷静でいられてますね」


「あ……はい、そう見えます」


 タラゼドが話を切り出す事にやや不自然なものを感じながらもノヴァは座り直してエルクリッドを見つめ、まっすぐ相手を捉えてこちらに一切注意を向けない姿に息を呑む。

 集中力を研ぎ澄ませて戦いに臨む、その感覚は同じリスナーであるシェダとリオも理解し、どのような戦いとなるかを思案する。


「カードの采配次第では、熒惑けいこくのリスナーを倒せる可能性はあります」


「そうっすね。ここから見てると、前より魔力が増してるってーのがよくわかります」


 以前バエルと相対した時は三人がかり、リオが万全とは言えない状態とはいえ歯が立たなかった。その時と比較するとエルクリッドは確かに力を増している、無論、シェダもリオも、同じように力をつけているのは自覚がある。


 だがそれでも世界最強と言われる孤高のリスナーに届くかはわからない。未だ見えぬ頂に君臨し、何を考え何を望むかも、戦ってみても何一つ見えない。エルクリッドにとって、バエルが何故メティオ機関を壊滅させたのかも、そこにいた友や恩師を皆殺しにしたのかわからないまま。


(力づくで聞き出せ、か……強くなる為には、絶対越えなきゃならないなら……!)


 手を強く握ると足元から風が逆巻く。滾る魔力が呼び起こす威風は空気を張り詰めさせるも、バエルは動じる事なく左腰のカード入れに手をかけカードを引き抜く。


「今のお前が俺に勝てるとは思ってはいない、だが相対する以上は容赦はしない。それが神獣に捧ぐ戦いだろうとな」


「容赦なんていらない、そしてあたしはあんたを倒す!」


 静かに向けられた言葉に熱き思いと共にエルクリッドがカードを引き抜きながら答え、両者共にカードへ魔力を込め戦いの火蓋が切って落とされる。



 

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