帝王
エルクリッドの言葉と意志とがシェダとリオの闘志を呼び戻したその時、後ろでそのやり取りを見ていたバエルが真っ先にその気配を察し、ついでタラゼドとイージスガードのカードを使う十二星召の三人も後ろに振り向く。
遅れてエルクリッド達も光の狼煙が上がる場所に人影を捉え、刹那、その人影の主がふわっと浮いたかと思うと次の瞬間に重々しい着地音と共にエルクリッド達のいる場へ降り立つ。
「ふむ……予想通りイリアとウラナが激突しているか……」
(だ、誰この人……なんか、強そう……)
地の底から響くような低い声は雄々しく、白髪にシワのある顔つきは勇ましくも老いを感じさせ、だが獅子のような風格と気品あふれる服を纏う身体は逞しく、威圧的であった。
背もエルクリッドより高いのもあって彼女はたじろぎ、と、その老人は睥睨するかのようにエルクリッドに目を向け顔を合わせる。
「ふっ……その若さで神獣同士の争いを前に臆さずにいるのは大したものだ。なぁ、バエル」
「……お久しぶりですデミトリア様。まさか貴方様が直接来るとは」
バエルがその名を口にし、エルクリッド達若きリスナー達の目が大きく開く。
帝王デミトリア、十二星召筆頭と呼ばれる存在の来訪は神獣の争いに匹敵する衝撃があり、だが、デミトリア本人は特に意に介さずにカードを使っている三人の方へと意識を向け、最初に口を開くのはハシュだ。
「何でわざわざこちらに?」
「外に出向く事をしなくては身体が鈍る。それに、バエルから聞いていたタラゼドと共にいる若きリスナーというのもこの目で見てみたかったでな」
威圧感ある風貌のデミトリアはチラリとタラゼド、次いでエルクリッドやシェダ達と目を向け、ふっと笑ってから再び正面に目を向け直す。
十二星召筆頭デミトリア。バエルとよく似た強さを感じさせながらも敵意はなく、重厚な佇まいは傍にいて安心感を与えてくれるかのよう。
そんな彼がわざわざエルクリッド達を見に来た、というだけで動くかタラゼドは疑問を浮かべつつも小さく頭を下げてからデミトリアと向かい合う。
「遥か北の土地よりお出向きになるとは、よろしいのですか?」
「留守の間は伯爵殿に頼んである。それにやはりこの目で見たくなるものだからな」
堂々とした態度でデミトリアはシェダ、次いでエルクリッドと見てしばし鋭い眼光で捉えつつ、それにやや気圧されながらも向き合う二人の様子にふっと笑い争う神獣の方に目を向ける。
「儂に臆する事なく挑み、神獣と相対し制するだけでなく、リデルの域に辿り着いた男……その意思を学んだ者達がどのような存在か、いずれ相対する前に見ておくのは筋であろう」
「リデル……?」
「リスナーとして最高位に辿り着いた者だけが名乗れる名だ。再び現れるかはわからんがな……」
懐かしき思い出を喜怒哀楽入り交じる様子でデミトリアは語り、そして口にしたリスナーの高みの名前を聞き返したエルクリッドは、そこに辿り着いた存在が自分とシェダの師クロスというのを理解する。
またその名前を帝王と呼ばれ十二星召の頂点のデミトリア自身が名乗る事もなければ、最強のリスナーと呼ばれるバエルもまた名乗ってない事に気づいた。それが圧倒的強さだけではない何かがあるから、ということも。
さて、とデミトリアが自身の帯革の尾錠部に備わるカード入れに手をかけながら一歩前へと進み、鋭い眼光飛ばす目を細めつつ静かに口を開く。
「イージスガードを解け、こちらから仕掛ける事ができん」
「それはいいっすけど、俺達以外は危なくなりますよ?」
「案ずるな、やわなリスナー達ではないのはわかっている。それに少し威嚇するだけだからな」
静かにデミトリアが話しながらカードを引き抜き、そのカードが纏う異様な雰囲気がエルクリッド達にも伝わり、神獣とはまた異なる戦慄に背筋が凍りつく。
次の瞬間にハシュ達がイージスガードのカードを解き、デミトリアのカードが放つ存在感がイリアとウラナに察知されその瞳がこちらへと向けられる。
刹那に激突する、かに思われたがデミトリアはカードを胸の高さに上げて突き出すだけで何もせず、それに対し神獣達も離れたままで動かず対峙するのみ。
張り詰める空気の中で固唾をのんで見守る中、最初に動いたのは神獣ウラナだった。しかし、その動きは激しさとは正反対の静けさそのもの、すっと消えるようにその身体を影のみとすると何処かへと泳ぎ去ってその気配を完全に消し去る。
それを見送ってからデミトリアもカードを下げてカード入れへ戻し、静かに滞空するイリアもまたふわっと羽ばたき再びサレナ遺跡の狼煙に向かって進む。
見上げた者達を魅了する美しく煌めく銀の粒子を振りまき、その粒子が身体に触れるとエルクリッド達の身体から疲労感が消え、アセス達にも力が漲る感覚が伝わる。
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