一瞬の足止め

 巨像の水瓶より溢れ出る青緑の水はあっという間に溝を満たし、小さな溝を伝って部屋全体に広がりエルクリッドのカードで燃えた壁の火を消し、タラゼドが作り出した魔力の光球も消して蛍光色に部屋を包み込む。


「仕掛けが起動したようですね。ノヴァ、揺れますから気をつけてください」


 振動が足元から伝わる中で冷静にタラゼドはノヴァの手をとって安全を確保し、大きくなる揺れの中で溝に貯まる青緑の水がより強く輝く。

 やがて巨像の瞳に光が灯って光線を天井へと放ち、それは壁を穿き天へと昇り雲を貫き狼煙となる。



ーー


 大地の揺れと遺跡から昇る光の柱は外で戦うシェダ達も確認し、真っ先に動くのはトリスタンであった。


「ヤーロン! ずらかるぞ!」


「まだまだやれるアルが、退くのかネ?」


 トリスタンに答えつつヤーロンは自身のアセス二体を下げ、トリスタンもまた大蜂のアセスが満身創痍なのに対しハシュのワイバーン・デュミニは余裕ありという状況を再確認する。

 加えて引き連れてきたキメラワームもリオのローズによりバラバラに切り裂かれ撃破済み、既にシェダと共にヤーロンの相手をしているという状況に、帽子を深く被りつつ落ち着かせるように言い放つ。


「十二星召もいるんじゃ割に合わねぇ。それにこいつらを殺るにしてもカードも足りねぇし、今回は依頼主から無理すんなとも言われてるしな」


「ならおいとまするネ! スペル発動、黒煙弾!」


 ヤーロンのスペル使用を阻止せんとシェダとリオが同時にカードを抜くのに合わせ、森の方から一斉に蜂の群れが襲いかかる。

 ほんの一瞬手が止まりながらもヤサカ、ローズの二人が蜂の群れを一撃で全滅させ、しかしヤーロンのカードによって空から降り注ぐ墨の塊が周囲に撒き散らされ黒い煙で視界を封じ込めた。


「待て! 逃がすか!」


「その必要はない! スペル発動、エアーフォール!」


 黒煙の中をシェダがヤサカと共に突っ切ろうとするのをハシュが制止をかけ、代わりに天より風を吹かせるエアーフォールのカードを使い煙を吹き飛ばしてみせる。


 その場に既にトリスタンとヤーロンの姿も気配もなく、彼らが撤退した事を理解しながらシェダは手を握り締めて深呼吸を一度する。

 倒されはしなかったが倒しきれず、いや、むしろ遊ばれていたと言ったほうがいいのかもしれないと思いつつ、遺跡の方に目を向け天に伸びる光の柱を改めて見つめた。


「あれが仕掛け、ってやつっすか?」


「あぁ。イリアはこれで確実にこっちに来るが……その前にもう一匹の方だな」


 シェダに答えながらハシュが遺跡とは反対側の方へ身体を向け、何かを察したシェダとリオも共にカードを引き抜き警戒を強める。

 直後に巨大な黒いものが空へと舞い上がり、それが飛び跳ねた神獣・日蝕泰魚にっしょくたいぎょウラナであり、その身体にしがみつきながら剣を突き立てんと戦い続けるクレスの姿も目に入り緊張が駆け抜ける。


 空中で身体を揺らすウラナの背びれに片手でしがみつくクレスの目は輝きを失わず、だが振り落とされ下方より現れる影が彼女を受け止めハシュの前へと降り立つ。


「まったく、無策で突っ込むなと言うておろうに……ん? ハシュか、それにいつぞやの小童達もいたのか」


「リリルさん!? どうして……」


「この猪突猛進の女子おなごと理由は同じだ。狼煙を上げてるとなれば……しばし時を稼ぐ必要はありそうだの」


 驚くハシュに答えるのはリリル。ため息混じりにクレスを下ろし、直後に飛んでくる鉄拳を受け止めながらクレスの舌打ちに妖しい笑みで応え、十二星召の三人が並び立つ姿がシェダとリオの目に飛び込む。


「さて、どうするかの?」


「スペルを吸収するならば真正面から叩き切れば問題はない、と言ってるだろうクソ妖魔」


「そう言ってあやつを切れず妾に助けられたのは何処の誰だったかのぅ?」


「……お前の首をはね飛ばすのが先か」


 互いに視線を向けてバチバチと火花を散らすリリルとクレスの威圧感に挟まれるハシュは苦笑し、だがすぐに地上にウラナが落ちて地面を這うように凄まじい速さで迫ると素早くカードを引き抜き対応する。


「ツール使用、神縛りの綱! シェダ君、リオ殿も手伝ってくれ!」


「わかりました! ヤサカ!」


「ローズ、お願いします!」


 ハシュが使用するカードから放たれるのは白く光る帯の様なものであった。それが編み目状に拡散してウラナの頭に被さると、上の方をハシュのアセス・デュミニが足で掴んで引っ張り、ウラナの左右へと回り込んだヤサカ、ローズも同じように神縛りの綱を掴み一気に引っ張る。

 が、体躯の差が圧倒的なのもあってかウラナは前進し、これにリリルがカードを引き抜き合わせる形でクレスも前へと駆け出す。


「直接的なスペルが効かぬならば……こうするまで。スペル発動、アースインパクト」


 リリルがカードを使用すると近くの大岩がひとりでに動き始め、それが引き寄せられるようにウラナへと向かって命中し、間髪入れず別の岩が直撃しその巨体をのけぞらせる。

 刹那に岩越しに魔剣アンセリオンをクレスが押し当て、そのまま岩を切断しないように気をつけながら力任せに剣を一閃。一瞬ウラナの巨体を浮かせ、その間に神縛りの綱を持つ一体と二人のアセスがウラナの尾の方まで向かい完全に閉じ込めた。


「賢者ヒガネが作ったという神縛りの綱か、だが神獣相手に何処までもつ?」


「ぶっちゃけ大して役に立つとは思ってはいませんよ。でも、イリアが来るまでは十分です」


 冷や汗を流すハシュがリリルに答えつつ、暴れ狂うウラナが動きを封じられひとまず安堵する。

 もちろんそれが長くない事は承知の上であり、身動ぎするウラナが身体の模様を強く光らせると一瞬で神縛りの縄がウラナに吸い込まれるように消え、再び神獣は自由を取り戻す。


 すぐにクレスが飛びかかりながら魔剣を振るうもぐるんと身体を回すウラナの尻尾が襲いかかり、一瞬鍔迫り合うも弾き飛ばされてしまう。が、すぐに立て直すように着地し、だが何かを空に捉えて目を細めた。


「……来たか」


 敵意をハシュらに向けていたウラナもまた、クレスの言葉に反応するように身体の向きを変えて上空を仰ぐ。


 それは力強く羽撃く音を響かせながら、銀色の光を振り撒きながら燦然と輝きまっすぐに天を進んでいた。

 陽光を返す羽根は螺鈿細工のような不思議な色合いを見せ、青き翼と銀の飾羽を持つその神鳥が現れる。



NEXT……

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