血に濡れて

 淀む水晶の洞窟で水馬ケルピーセレッタは切り傷だらけの身体から地を流しながらも立ち続け、エルクリッドもまた息を荒げながらもカードを手に前を見据え、相対する水晶の身体とトゲを持つ大蛇のような魔物相手に戦い続ける。


「セレッタ、無理しないで」


「まだやれます。ですがこちらの攻撃が通じているのかわからないというのは少々困りますね」


 水晶の魔物には表情はなく、セレッタの魔法攻撃を受けて身体が欠けても動きに変化はなく、力も衰える事はない。エルクリッドも支援してはいるが、相手が弱まってるのかどうかがわからない為に押し切るべきか判断できずにいた。


(魔法の反射や吸収はないけど、防御力はかなりある……でもここでカードを使うのは……)


 耐え切られた時の反撃で形勢を返されるのはエルクリッドとしては避けたいものがある。だが有効打を与えねば意味がないとも、時間が過ぎる程に自分が不利になるともわかっている。


 どうすべきかを考えてる内に水晶の魔物がとぐろを巻いて何かに備え始め、セレッタもまた足元に水を貯めて逆巻かせ、目を見開くと共に逆巻く水が何匹もの水竜となり魔物へ牙を剥く。


「迷ってなんかいられないよね! スペル発動アクアフォース!」


 セレッタに応えるエルクリッドが解き放つカードにより、セレッタの力が増し操る水竜達も大きくなり水晶の魔物へと襲いかかった。

 と、水晶の魔物がとぐろを巻いた状態でトゲを逆立てると一気に長さを増し、水竜達を刺し貫いて霧散させて攻撃を防ぎ切る。


(僕の魔法を打ち消した!? ここに来て攻撃を……)


 内心驚きながらもセレッタが次なる手を繰り出そうとした刹那、ぬっと目の前に水晶の魔物の顔が映り咄嗟に離れようとするもしなる尾に締め上げられてしまう。

 だがそのような場面で、共に戦うリスナーの存在がアセスを救い出す。


「スペル発動エスケープ! 戻って!」


 エルクリッドの使ったエスケープのカードによりセレッタが青い光となって姿を消し、カードへ戻ってエルクリッドの手元へと戻ってくる。

 突然締めつけていた相手が消えたのが不思議なのか、水晶の魔物は首を傾げるような動作を見せながらセレッタを捕らえていた自身の尾に顔を近づけており、その仕草に可愛らしさを感じつつもエルクリッドはカードを入れ替える。


(すみませんエルクリッド……)


(気にしなくていいよ。後はあたしとヒレイで終わらせるから)


 セレッタに答えながらエルクリッドが引き抜くのはファイアードレイクのヒレイのカード。これ以上は長引かせられないという判断だが、ふと、エルクリッドは水晶の魔物に目が止まり、何故か手の動きが止まってしまった。


(どうしたエルク、何を躊躇う)


(あ、うん、大丈夫)


 ヒレイが呼びかけた事でエルクリッドは改めてヒレイのカードに魔力を込めて召喚準備に入るが、やはり水晶の魔物を見ていると何かが引っかかり動きを止めそうになる。


 何がそうさせるのか、何故そうなるのか、疑問には思えども振り払って逆巻く熱風と共にヒレイを呼び出す。


「赤き一条の光、灯火となりて明日を照らせ! 行くよ、ヒレイ!」


 顕現するは火竜、赤き光が燃え盛る炎となりその雄々しき姿をヒレイが見せながら着地し、水晶の魔物に向かって洞窟が揺れる程の咆哮を放ち威嚇する。

 次の瞬間に真正面からヒレイが水晶の魔物へ突進、体格を活かした体当たりで魔物を壁へと叩きつけると続けざまに口内に火を燻ぶらせ一気に放射し全身を焼き払う。


 燃える炎の中で魔物が動くのをヒレイは見逃さず、炎を突き破り飛来する水晶のトゲを咄嗟に炎で焼き尽くすが数の多さに対処しきれず、翼で身体を覆う防御態勢を取りトゲを鱗で受け流しつつ力をため、一気に翼を広げ弾き飛ばす。


(この違和感はなんだ? 敵意が感じられない……?)


 全身を震わせ炎を振り払う水晶の魔物にヒレイもまた違和感を覚える。敵意のようなものがなく、また相対しているのにそのような気にさせられない。


 エルクリッドが度々手を止めてしまう理由がなんとなく見えた気がしたが、気を引き締め直したヒレイは身体を丸めてから勢いよく突っ込んでくる水晶の魔物を受け止め、その勢いに大きく押されながらも投げ飛ばしさらに尾を振るって天井へと叩きつける。

 と、その瞬間ヒレイが何かを察してエルクリッドへ声を飛ばす。


「走れエルク、崩れるぞ!」


 魔物が叩きつけられた衝撃で水晶の洞窟にヒビが走り、次の瞬間に崩落し始め驚く間もなくエルクリッドは逃げヒレイもその場から離れる。

 が、ヒレイに水晶の魔物が巻きついて動きを封じ、しかしヒレイも魔物の首に噛みついて反撃しその場で暴れ狂う。


「ヒレイ!」


 ほんの一瞬足を止めて振り返った時、エルクリッドの頭上から砕けた水晶の破片が降り注ぐ。


 力づくで水晶の魔物を振り払ったヒレイがエルクリッドに覆い被さるが、その僅かな隙間を抜けた破片がエルクリッドの胸を刺し貫く。


 それはエルクリッド本人も一瞬わからず、じわりと広がる痛みと胸に刺さる破片に触れた手に伝わる生温かい感触で事態を把握し、手のひらにつく自分の血を見てペタンと力なく膝をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る