夢幻への誘いーMirageー

市場を歩く

 忘れられなくてそれを見るのか、忘れないようにしてそれを見るのかはわからない。


 忘れぬ為に刻み込むのか、忘れる為に刻み込むのかもわからない。


 あるいはどちらでもない答えが隠され、気づかないままに終えてしまうのか。


 それとも、心の底に眠る何かの予兆なのか。



ーー


 燃え盛る故郷に立つ男がいた。火竜の星座を背負う頂点に君臨せし者、忌むべき宿敵の姿が。


(……どうして、なのかな)


 浮かぶ疑問が夢を歪ませ、硝子が割れるように崩壊させていく。

 事実の裏にある何か、自分も知らぬ世界の事が気になっているから。


 エルクリッドは闇の中で目を覚まし、掛布をまとう身体を丸めながら目を瞑る。


(あたしは、あいつとは違う強さを求めたい……それは変わらない……)


 幾度も再確認して道が揺るがぬようにと思ってきた、何度も何度も。


 ノヴァ達と出会い旅するようになってからも同じ、人知れず深呼吸をして仰向けに戻って再び眠りを目指して心を鎮めた。


(今は、今の目的が大事……)


 何度も繰り返す悪夢が自分の心を揺るがぬものにする。皮肉といえば皮肉とエルクリッドは自覚しつつ朝を目指し、毎夜の悪夢を一度眠りにつかせた。



ーー


 夜明け前から海に出ていた漁師船団が大漁旗を掲げ、朝日を受けながら港へと凱旋し到着するや否やすぐさま品を卸売業者との売買が始まり、そして市場へと運ばれていく。


 水平線から太陽が完全に姿を見せる頃には新鮮な海の幸が店頭に並び、賑わいを見せるは水の国アンディーナ首都エトモの市場である。

 そこを歩き進むのはノヴァとシェダの二人だ。品々を一つ一つノヴァが見つめる姿を見守るシェダも同じように注視し、一つ一つの違いを見抜いていく。


「この時期は大ホタテ貝が旬だっけか?」


「はいそうです。今年は豊漁とまではいきませんが、一つ一つが大きく育ってて例年より旨味が強いんです」


 商人の子供というだけありノヴァの知識は豊富であり、生鮮食品にも精通してるのはシェダも内心驚くしかない。


 朝早くから目覚めているにも関わらずノヴァはあくび一つする事なく次々に目利きをしていき、決めたものに札をつけていく。


「これで全部、だな。にしても朝ごはんの食材を買いに行くからーって、俺で良かったのか? 後で届けてもらうから力仕事もねぇし」


 手にする紙に書かれた内容を確認しながらシェダがそうノヴァに言い、隣に来て手を握って微笑む彼女はえぇ、と手を引くように先を歩く。


「シェダさんも品物見るのは好きかなって。ビショップオウルのメリオダスさんや、銀蛇のタンザさんって元々戦いを避ける種族ですし、カードを探究するサーチャーやシーカーの人向きだなって」


「狙ってアセスにしたわけではないけどな。でも故郷の仕送りとかで良い物を探す時は二人に助けられてるし、仕事探す時にサーチャーとかやっても良いかもな」


 戦闘能力だけがアセスの強さではない。日常において、旅において秀でてる力を持つならばそれは有益である。


 生計を立てる手段は様々にある。人助け、探求、戦い、商い、数多ある選択肢から何かを選び道を進む。

 その点で言えばノヴァはまだまだ想像が及ばないところがあると自覚しつつ、ふと、ある意味で究極に辿り着いている存在の事が浮かぶ。


「バエル、さんって何を目指してるのでしょうか」


 その名前が出るとは思わずシェダも面食らうものの足は止めず、少し考えてみて熒惑けいこくのリスナーと呼ばれる男の事を思う。


 強さの頂に君臨する者が何を思うのかは想像がつかない。求道者としてさらなる高みを目指すのかそうでないのか、確かな事はエルクリッドの仇敵である事と、実際相対して思った事がシェダにはあるということだ。


「果てしなく強い奴、ってのは実際やってみてわかった。でもだからこそ、正々堂々としてるリスナーだからこそ、エルクリッドの居場所襲った理由ってーか、そこまでした理由が見えねぇ」


「確かにそうですよね……イリアの神殿で会ったときは僕らに何もしなかったですし、エルクさんには助けるような事もしてたようですし……」


 賢者リムゾンの神殿にて邂逅したバエルは堂々とした様子で戦いを約束し待ち構え、真正面からぶつかってねじ伏せてみせた。

 イリアの神殿ではリオが追ってる組織の構成員達を撃破しながらもノヴァ達には手を出さずに立ち去り、その後、エルクリッドがオドントティラヌスの群れの前に危機に陥ったエルクリッドの所へ再び現れ、結果的に助ける形となり悪と断じるには疑問が残る行動は多い。


 泊まっている宿が見えてきても答えは見えず二人揃って唸り、ため息を揃ってついてしまう。


「ま、とにかくやる事やってくしかねーな。わからない事はわからねぇが、進まなきゃいけねぇんだし」


「はい、そうですね」


 まだ見えない答え、まだ見えない未来。それでも進まねばならないのは、自分達の目的の為には必要な事だから。


 気持ちを切り替えひとまずシェダとノヴァは宿へと戻り、ちょうど届けられた品物の確認をそのままし始める。

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