戦乙女ローズ

 リオがカードを掲げた時、その異様な雰囲気を感じたトリスタンが一歩下がる。


(この感じはやべぇな……だが!)


 既にリオの背後に姿を消して忍び寄ったミネラが到着し、トリスタンが指を鳴らすと共に大鎌を振り下ろす。


 その刹那、リオは凛としその名を呼ぶ。


「翼持つ守護者よ、弱きを守る盾を持ち、悪しきを貫く剣を掲げ降臨せよ! 私と共に戦ってくれ、ローズ!」


 天に向かって白き光が放たれ、その眩しさにミネラが怯んで仰け反りトリスタンやグール達も同様に動きを止められた。

 白き光は暗雲と暴風を貫き吹き飛ばし、青空を広げながら太陽の光を地上へと導き出す。


 そしてリオの前に降臨するのは赤き鎧を纏い、白き翼を背より生やす戦乙女の姿。円形の大きな盾より剣を引き抜き、その凛とした姿を現し全ての者の目を奪う。


「戦乙女ローズだと……!? オイオイ聞いてねぇぞ!」


 目を大きくし動揺を見せるトリスタンの様子には倒れ伏すエルクリッドとシェダにも理由はわかっていた。

 かつて古の戦いにおいて語られる天族と呼ばれし使者達の一つにその名はあり、選ばれし者の前に降り立つとされる伝説の存在だったから。


「ローズ……すまない、私は……」


「何も言わないでください」


 ローズの姿を見て静かにリオが口を開くも、ローズがすぐに制止させながら顔を隠す面から覗く口元に笑みを浮かべながら振り返る。


「私の方こそ、己の傷に囚われすぎていましたから……ですが今はやるべき事があるはずです」


「……えぇ! ローズ、私と共に」


「誇りと思いを持って共に戦いましょう!」


 重なる思いが二人の闘志を高め、ローズが広げた白い翼が白い光を振りまく。清らかなる光を前に知性を持たぬグールは狼狽える様子を見せ、トリスタンも帽子を深く被って冷や汗を流す。


(流石にこの状況はやべぇな……だが、もうちょい見とかねーと次の殺しに繋げられねぇな)


 不利とわかっててもトリスタンはカードを引き抜き、足を踏み鳴らすのを合図としグール達がローズへと襲いかかる。

 対するローズは翼を閉じながら剣を振り抜いてグール達を切り裂き、切られたグール達は砂のように崩れ去って消滅していく。同時にリオに襲いかかろうとしていたミネラに対し、振り向かずに剣を放って頭に突き立て、宙返りをするように飛翔しつつミネラに刺した剣を掴んでそのまま縦一文字に切り伏せる。


「ちっ、天族が持ってるっていう破邪の力か……流石にそれじゃ再生はしねぇな……! スペル発動、死霊爆殺……!」


 カードに魔力を込めて解き放つトリスタンの判断にローズが素早く反応し、剣を地面に突き立て円状の結界を張り巡らせてリオ達を守りつつグールをまとめて弾き飛ばす。

 刹那にグール達が一斉に膨れ上がって爆裂し、幾多の破片を撒き散らすもすぐに死者の苗床の効果により増殖が始まろうとする。


 すぐさま結界を解いたローズが滅そうと前へ出るが、刹那に切伏せたはずのミネラが大鎌を振り上げリオを狙った。

 が、これはリオ自らがその場から離れて避けつつカードを引き抜き、入れ替わるようにしてミネラにトドメの一閃をローズが放ちそのまま天高く飛ぶ。


「スペル発動破邪の光! ローズ!」


「地より這い出て彷徨える者共よ、我が名において安息の地へと還れ…… 紅葬送曲ローズ・ザナス!」


 掲げられたローズの剣が紅き光を纏うと、さらにリオが使った破邪の光のカードによる白い光がローズの身体を包み込む。

 剣を振り下ろす仕草と共に紅色の光の剣が無数に現れ地上へと降り注ぎ、死者の苗床を埋め尽くすと閃光を放ち一瞬で消え去り、青カビ色の地上を元の姿へと戻しながらグールを一掃してみせた。


「すごい……これが天族……リオさんの、ホントの力……」


 伝説の存在をアセスとする事はそのままリスナーとしての実力を示すものとなる。未だ拘束されたままのエルクリッドが感心するようにシェダも目を見開いて驚愕し、凛と佇むリオはまっすぐ相対するトリスタンの姿を捉え続けていた。


「ローズ、逃さないで!」


「ちっこれまでか……スペル発動ブラックミスト!」


 急降下しトリスタンの身柄を確保せんとローズが向かうが、発動されたスペルにより黒煙が発生し視界を遮る。

 構わず剣を前にローズは突っ込んで行くがトリスタンの姿はそこになく、黒煙が晴れても気配もなかった。


 ふと地面に残されていたのは細長の何かの記号が画かれた紙が一つ。それが何かを理解したローズは静かに盾に剣を収めつつ、臨戦態勢を解いていく。


(簡易転移陣……手際の良さだけは認めざるを得ない、か)


 ローズを通してリオはトリスタンの逃走方法を理解し、だがそれによりカードの有効範囲が切れた為かエルクリッドとシェダを捕らえていた黒い鎖が消滅する。


 静かに風が吹き抜ける中、リオの目の前にふわっと飛行し降り立つローズが盾を前に出し、リオもそっと表面に触れて目を閉じた。


「ローズ……ありがとう」


「お気になさらず。あなたの思いはずっと伝わっていましたから……必要な時は、この力をお貸し致します」


 柔らかな光と共にローズがカードへと戻ってリオの手の中に握られ、それをぎゅっと抱きしめてからカード入れへとリオは戻して晴れ渡る空を見上げた。



NEXT……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る