殺し屋トリスタン

 人気のない街をリオはやや早足で進み、やがて走り出して外を目指す。

 その間にもずっと追走し、捉え続ける気配がある。明確なる敵意と共に。


(ノヴァ殿を無事帰宅させた、今すぐ戻る)


(わかった、ご苦労様)


 ノヴァを送り届けたランがカードとなってリオの手元に戻り、同時に街の外へと飛び出し足を止めた。


 リオがついたのはレスイハに繋がる陸路の一つ。普段ならば行商人の行き交う街道だが、荒天もあってあるのは流れ行く風と平地のみ。

 見晴らしが良い中では追跡者がいかなる方向から来ようとも対応ができ、またここでなら戦いをしたとしても誰かを巻き込む事はない。


 吹き抜ける風に凛としカードを引き抜くリオの髪が靡き、刹那、足下が隆起し何かが出てくるのを過敏に察知しその場から跳び退きつつカードへ魔力を込めた。


「デュオサモン、ラン、リンドウ!」


 犬剣士のランと猫の剣士ケット・シーのリンドウがリオの前に現れながら各々の武器を手に持って構え、元いた場所から出て来ているものを捉え闘志を高める。


 地面より伸びているのは恐ろしい程に青白い人の腕だ。掌が地面に触れてグッと力を込めると朽ちて骨が剥き出しの人のようなものが這い出て姿見せ、同じような存在がリオ達を囲うように周囲から這い出て唸りながらゆらゆらと揺れていた。


(グール……だがリスナーは何処にいる?)


 自分達を囲う存在が死人に魔が宿り生者を襲う魔物グールと見抜きつつ、それがリスナーのアセスということまでリオは勘付いて周囲に目を向ける。


 アセスの移動可能範囲はリスナーの位置を中心とし決まっており、離れる程に力は弱くなってしまうので一定距離を保つのが基本だ。

 しかしあえて距離をとる事でリスナー自身を狙われるという危険を避ける戦術も存在し、グール達のリスナーはそれだとリオは想定しつつ周囲への警戒を強める。


「ラン、リンドウ、油断せずに行こう」


「心得た」


「任せな」


 刹那に二人の獣剣士が疾風のごとく姿を消して攻めに出る。ランは大剣でグールを真一文字に両断し、リンドウは細身の剣で的確に手足や首を切り飛ばして行動不能へ追い込み、死人故に反応の遅いグール達を蹴散らしていく。


(群体のアセスは全て倒さない限りリスナーへの影響はない。私の手の内を伺っているのか……?)


 倒しても倒してもグールは次々に地面から這い出てくる。偵察や消耗目的もあるならば離れていても問題がないのはリオも検討がつく。


 一体何処に敵リスナーは潜んでいるのか、ならばとリオがカードを引き抜いたその時、一瞬雲間から射し込む光がリオを照らし出し、彼女の影と重なる別の大きな影が映り込む。

 それがリオの背後に突如として現れた半透明の姿をした蟷螂のような魔物と戦うランとリンドウが気付き、刹那に振り下ろされる鎌がリオへと迫る。


「スペル発動プロテクションッ!」


 間一髪リオが気づいてスペルを使用し薄い膜が攻撃から身を守るも、勢いがついた攻撃の威力は殺せず大きく吹き飛ばされてしまう。

 が、すぐに体勢を直しながら着地しランが前に、リンドウが後ろを守る形で配置し現れた敵をリオは鋭く睨みつけた。


「はっ、やるじゃねぇか。流石はアンディーナの騎士様ってーとこか」


 水晶の如き身体で構成された巨大なる蟷螂の上から聴こえたその声の主がひゅっと降り立ち、被ってる幅広のつばの帽子の位置を直しながら立ち上がるは礼服を着た男。

 白黒斑の長い髪に服の各所に身に着けている色鮮やかな石飾りから、リオは男の正体を看破する。


「キラー・トリスタンか……!」


「オレ様を知ってるのか。まぁ、騎士様なら当然っちゃ当然か」


 リオの警戒が最大限に高まり、それがランとリンドウに伝わり剣を持つ手に力を込めさせた。


 人助けにアセスの力を使うドクターやカードに精通し情報のやり取りで生活するサーチャーなど、リスナーの性質をわける言葉において忌み名であるのがキラーである。

 その行動理念はアセスの力を持って犯罪、特に殺人を積極的に行う危険な存在を指す言葉だ。


「私を殺しに来た、ということか。さしずめ調査していた組織からの依頼か」


「ご名答だぜ。ま、めんどくせぇ雑務も押し付けられちゃいるんだが……とりあえず、てめぇを殺すぜ」


 明朗快活な態度が一変、鋭い目つきと言葉と共にトリスタンが一歩下がると共にグール達が一斉にリオへと迫り、刹那、トリスタンがふくらはぎにつけているカード入れよりカードを引き抜く。


「ホーム展開、死霊の苗床!」


 直後にトリスタンを中心として地面が青カビのような色が広がり、周囲を覆い尽くす。

 だが特に影響はないとリオは判断しランとリンドウがグール達を撃破し、刹那に飛びかかってきた水晶の蟷螂の鎌も二人がかりで防ぎ止めて弾き返す。


「おーおーミネラの攻撃防ぐとは中々やるじゃねぇか。だが、もう詰んだぜてめぇらはよ」


 言葉の意味が一瞬わからなかったリオだったが、それは周囲を見てすぐにわかった。ランとリンドウによって切り裂かれたグール達の破片が青カビのようなものに包まれ、次の瞬間にグールとなって現れる。


(増殖カード……! これが狙いか……!)


 破片の数だけ増殖したグール達が再びリオへと迫り、ランとリンドウは一瞬目を合わせてから行動を開始する。

 まずランが大剣の腹を使ってグール達を切らずに吹き飛ばして道を作り、そこへリオが走って移動しつつランが対応できないものはリンドウが切りつける形で破片を作らずに対応してみせた。


 その間にリオはカードを引き抜き、状況打開の一手を繰り出す。


「スペル発動ホームブレイク!」


 ホームカードを破壊するホームブレイクのカードにより、天上より白き雷撃が展開されている死霊の苗床を破壊しにかかる。が、触れる瞬間に不自然な曲がり方を見せ、地上ではなくトリスタンがミネラと呼んだ水晶の蟷螂へと向かい、なんとそのままミネラの身体の中へとホームブレイクの雷撃が取り込まれてしまった。


「オレ様のミネラは水晶生物っていうほとんどの攻撃系魔法を吸収できるやつでなぁ、オレ様とアセスやカードに対するスペルは通じねぇよ」


(ホームカードを守る策……しかもデュオサモンをしていてホームカードも使う……この男は……!)


 スペルへの対策と自分と同じデュオサモンによる異なるアセスの同時召喚に加え、ホームカードを操りそれを扱うだけの余力を持つトリスタンの実力をリオは感じ入り、静かに冷や汗を流した。

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