ハイビーム

 伊藤さんは、その日ドライブをしていた。

 夜間の一本道を、それなりのスピードで車を走らせる。暗い道はなんだか余計にスピード感を覚えて、そこが気に入っていたそうだ。


 窓を開けて、風を受けながら走る伊藤さん。

 そんな伊藤さんに、わっ、と急に光が浴びせられたのだという。

 ああ、ハイビームだ、と伊藤さんは理解した。


 後続車両からのライト……角度が上のハイビームが、車内ミラーに反射しているのだ。

 伊藤さんは、イラッとしたのだという。


 前方に車が居るなら、ハイビームから通常のライトにするべきだろうとか、とりあえず夜はハイビームをつけろって言い出したのは誰だよ、とか。

 あまりにも眩しかったから、と伊藤さんは言う。


 実際、その後ハイビームは消えること無く、眩しい光を車内に抱え込んだまま、一本道を伊藤さんは走っていたのだという。

 だが、そんなドライブも終りが近づいてきた。

 信号だ。


 それも赤信号。伊藤さんは車の速度を緩めて、信号の前に停車する。

 まさか信号に止まった後もハイビームをぶつけてこないだろうな、と伊藤さんは思った。

 実際、光は入ってこなくなった。


 一体、どんな車がこんな迷惑をしてきたんだ、と思って、伊藤さんはルームミラーの方に視線をやった。

 そこで、ぎょっとした。


 ルームミラーには、車の姿は写っていなかったのだ。

 さっきまで、ハイビームを浴びせてきていた車が居たはずなのに。


 途中で道を曲がったのだろうか? いや、そんな事はありえない。

 ついさっきまで、ハイビームの光は浴びせられていた。そして何よりも、この道は今停まった信号まで、ずっと一本道だった。


 急な事故があったのだとしても、無音ということはあり得ないだろう。

 まるで急に空に向かって舞い上がったかのように、光は消えていたのだ。

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