落とし物

「何をしているのですか?」

 夜道、私は車道の脇でうろうろしている男に声をかけた。

 男はのそのそと、なんとも動くのすら辛そうな速度で私に振り向いてきた。


「ああ、探しているのですよ」

 その姿を見て、私は思わずぎょっとしてしまった。

 悲鳴を上げそうになったものの、なんとかそれを飲み込んで、聞いた。


「何を……」

「落とし物ですよ。この辺りで落とした筈なんですが……」

「それは、その……」


 私はその先の言葉を発さなかった、聞かなくても分かるからだ。

「あなたも探すのを手伝ってくれませんか?」


 私は首を横に振った。

「すみません、この後予定があるので」

「そうですか、それは仕方ないですね」


 そう言うと、男は私に興味を失ったのか、また、どこかなぁ……と言いながら、車道の脇を歩き始めた。

 私は急いで、その場を離れた。


 男が落としたものは、恐らく自分の頭だと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る