第26話_零視点・全面侵攻
――4月21日、午前2時。
冷たい夜風が吹き抜ける桜丘市役所前広場。つい数日前まで市民の避難誘導拠点だったその場所は、いまや別の“顔”を見せていた。
無人となった庁舎。その前に並び立つ、黒ずくめの少年少女たち。
彼らは、〈零視点〉。鏡界の力を用い、世界の再構築を志す者たち。
先頭に立つのは利奈と拓巳、そして傷の癒えぬまま立ち上がった凌大だった。
「この広場を掌握する。混乱の主導権は我々が取る」
利奈の言葉に、誰も逆らわなかった。仲間たちはうなずき、静かに配置についた。
時計の針が午前2時を指すその瞬間。
〈零視点〉が広場の中央に設置した奇妙な装置が、淡く光を放った。
「これは……まさか」
庁舎跡から離れたビルの屋上。遠距離から監視していた〈共鳴隊〉の一員――瑠美が、双眼鏡を覗いたまま声を漏らした。
「市政庁の残響コードを使って、臨時政府の発令を始めてる」
その報せは、即座にチーム全体に伝えられた。
「優也、動ける?」
通信機越しに響く祥平の声に、優也は短く答える。
「動くさ。あいつらに好き勝手はさせない」
しかし、彼が動き出すより早く、地上では決定的な衝突が始まっていた。
「利奈……本気でやる気かよ」
広場の外れに立つ凌大が、利奈の前に現れた。
「“やる気か”じゃない。もう、始まってる」
利奈の声は冷たいが、どこかに熱も宿している。
「俺たちは、ただの破壊者なんかじゃない。この街を、生き延びさせる。それが目的」
「暴力で?」
「正義を掲げて何もしない奴より、悪と呼ばれても前に進む奴の方が、よほど信じられる」
凌大は剣を構える。
利奈も、感情武装〈真理断章〉を展開する。
――言葉の余地はない。
二人の距離が、一瞬で詰まる。
鋼と鋼がぶつかる音。剣と断章が火花を散らす。
拮抗する力。だが――
「……あんた、やっぱり強いな」
凌大が言った。左腕から血が流れる。
「でも、俺は止まらねぇ。仲間を守る。それだけは譲れねぇんだ」
「だったら、斬り伏せるしかない」
利奈の断章が光を放つ。
次の瞬間、衝撃波が広場全体を包み込んだ。
広場を包む閃光。コンクリートの地面に深く刻まれた亀裂が、鏡界との接触点となって波打つ。
〈零視点〉の兵が次々と鏡界武装を展開し、広場を防御陣形で囲った。
「対市民用の非殺傷装備か……手馴れてやがる」
庁舎近くに身を伏せていた優也が、歯を噛みしめる。
手元の端末には、避難しきれなかった数十人の市民の居場所が表示されていた。
「優也、突っ込むのは待て!」
通信の向こうで、祥平が声を荒げる。
「これ、ただの占拠じゃない。彼ら、鏡界を“市民保護フィールド”として展開しようとしてる。まるで、自分たちが正義だって言わんばかりに」
「だったら――」
優也は立ち上がり、短く叫んだ。
「力で黙らせる!」
瞬間、彼の感情武装〈瞬閃槍〉が青白く閃き、跳躍とともに前線へと突き進んだ。
同時刻。中央監視塔から〈共鳴隊〉後衛メンバーも動き出していた。
「千紗、南東側のバリケードが手薄よ。そこから陽動を」
「了解。翔大、補助頼める?」
「任せろ。さっき組んだばかりのギアだけどな、暴発しないことを祈ってくれ!」
千紗は小さく息を吐き、戦術地図に視線を走らせる。
指先がホログラムをなぞるたび、バーチャルの鏡界が変化し、敵の陣形が浮かび上がった。
「このルートなら、民間人を巻き込まずに敵陣を切り崩せる……いける!」
千紗が叫ぶと同時に、翔大のギアが起動。
放たれた閃光が目くらましとなり、〈零視点〉の外縁部が混乱に包まれた。
一方、広場中央。
「……お前、本当にバカだよな」
利奈が剣を振るいながら呟いた。
「自分の正義だけで突っ走って、後ろを振り返らない。そういうとこ、アイツに似てる」
「誰が似てるだと!」
凌大が叫ぶ。足元の瓦礫を踏み抜きながら、剣を真上から振り下ろす。
「俺は、仲間を見殺しにしないためにここにいるんだッ!」
剣と断章がぶつかり合い、粉塵が舞い上がる。
両者、譲らず、だが限界は近い。
そして――
「やめろ、凌大!」
その声が、すべてを止めた。
割り込むように現れたのは、共鳴隊のリーダー・祥平だった。
「これ以上、仲間同士で削り合ってどうする。お互い、守りたいものは同じはずだ」
利奈が、はっと目を見開く。
「……お前、まだそんな甘いこと言ってんの?」
「甘くて悪いかよ」
祥平は、鮮やかに〈器用迅刃〉を展開した。
「でもその“甘さ”で、何人も救えるって信じてる」
激突の中心、祥平の言葉に応えるように、凌大の剣先が震えた。
利奈も、握ったままの感情武装〈鋼律剣〉をわずかに緩める。
「お前の“甘さ”で救える命があるっていうなら――試してみろよ、リーダーさん」
利奈の声音に、挑戦の棘と微かな信頼の余韻が滲む。
その直後、警戒音が鳴り響いた。
「――警告。鏡界境界値、臨界点接近」
メキーの遠隔デバイスが浮かび上がり、緊急警報を連続発信した。
「広場地下に新しい〈感情震源〉! おそらく零視点が構築した〈鐘停止装置〉のコアが、逆位相振動を起こしてる!」
アレクサンドラがたどたどしく解説する。
「そのままだと……鐘が、また鳴ります。四度目が――来ます」
時を同じくして、空気がひび割れたような音を立てる。
〈鏡界〉と〈現実〉の境界がねじれ、空間に亀裂が走る。
「全員、退避行動に入れ! 民間人も、すべて!」
瑠美の叫びが、学園要塞に響き渡る。
そのとき、優也が広場の中心に躍り出た。
「まだ、止められる……!」
彼は、かつて〈零視点〉のコア改造に手を貸した責任を背負いながら、両手で地面を叩く。
「共鳴隊、ここが本番だ!」
優也の声に応え、共鳴隊の仲間たちが次々と武装を展開していく。
翔大が地盤を固定する支柱を打ち込む。
千紗が新たな展開図を組み上げ、避難経路を指示する。
かすみは倒れた市民を結界で包み、精神の揺らぎを安定させていく。
「祥平、次の動きは?」
彩心が、無線越しに静かに問うた。
浮島から遠隔接続された意識が、鼓動と共鳴しながら共に在る。
「まず、鐘の振動を封じる。そのために……“中核”へ突っ込む」
祥平は、傷だらけの〈迅刃〉を強く握り直した。
「行くぞ!」
共鳴隊と零視点、二つの陣営の視線が交錯する。
互いに剣を下ろし、互いに傷を抱え、それでもまだ前へと進もうとする意志。
「これは、ただの防衛戦じゃない。これは……“未来”を奪い合う、選択の戦いだ!」
その瞬間、鐘が三度、鳴り響いた。
――ゴォォォン……。
誰もが空を仰ぎ、息を呑む。
見上げたその先、雲を突き破り、新たな構造体が浮かび上がる。
空中に、巨大な浮島が現れた。
そこが、第四の鐘の中心座標だった。
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