第40話 ビーフシチュー

思い付きのような旅だったから、私にはあまり時間がなかった。


栞は、そんな私の突拍子もない行動を、只々、びっくりしていて。


「悠ちゃんってそんなに行動的な女の子だったんだね。」


と、笑っていた。

私は、赤面しながらも、私自身も自分の行動にびっくりしていた。


そう言えば、だれにも今回の事を伝えてきていない。もしも、家族が気が付いたら、捜索願が出てしまうかも。


少し心配になる。


ま、今回は長居できないし、大丈夫。


そう、楽観的に考えてしまうのは、今この時が幸せすぎるから。一日だけ。たったの一日だけ。この、贅沢な幸せを満喫したいから。日常は、忘れていたかった。


栞の生活する街を歩き、デートのようなことをした。手をつないで、ピッタリとくっついて離れないようにした。


初めてだ。栞とこんな風に歩くの。


隠れるように、誰にも知られない恋をしていたから・・・。


彼の大学や、よく行くファーストフードレストランへ行った。彼の友達にも会った。


年の差の事は、もう、全く気にならなかった。


それは、私たちの馴れ初めを知らない人達だから?


私はこの手をもう放したくない。


楽しい時はすぐに過ぎて、帰国の時。

栞は、空港まで見送りに来てくれた。


離れる時間が迫る。


今日、私は泣かないと決めている。

栞の顔を見る。

少し目元が光る。


「離れたくない。」


子供のように呟いたかと思えば、

栞は私を大人っぽく引き寄せて、耳元で、ため息のような小さな声で言った。


「大学・・・卒業したら帰るから。

ちゃんとダブったりしないで卒業するから。

日本で待ってて。待っていてください。」


私は彼の顔を見て、


「それまで会えないの?」


と聞く。

彼は少し考えて、


「学生の身だから贅沢はできない。

そうそうは帰れないよ。

だけど、連絡する。悠ちゃんが、淋しくないくらいに!絶対に連絡する!!それじゃダメかな?」


栞の困った顔が可愛い。

彼だって私と同じ思いなら寂しいはず。

これ以上困らせてはいけない。

私はできる限り明るい声で、


「だめ・・・。我慢できなくなったら、私が会いに来るから!!」


そう言って、笑って、私たちはまた離れ離れになった。


でも、これは、前向きな別れ。


栞は私が見えなくなるまで手を振った。私も最後、ふざけた様子で、投げキッスをして手を振った。


遠距離恋愛なんてしたことがない。


不安と寂しさで苦しくなることもきっとある。

だけどもう、彼を失いたくない。


細い細い紐を、切れることがないように守っていく。大切に・・・。


そう決めた。


日本に着くと、直ぐに、日常に戻った。だけどこれまでとは違う。今は、彼から毎日何通かのメールが届く。時差もあるから、返信が遅れてしまって、スムーズに会話はできない日があるけど、この繋がりを温めていく。


最近、職場で言われた。


”悠さん綺麗になったね”


私は今、恋をしている。


実家から連絡があった。

純一郎と美咲から、結婚祝いのお返しが届いていると…。


私は以前とは違い、晴れた笑顔でママに会った。


ママはとくには何も聞かなかった。だけど、娘の私が寂しい様子でない事は、感じ取れたようで、ホッとした顔をしていた。


心配かけていたのかな・・・。


私はこっそり涼太の部屋へ入る。


栞に会いにい行くためにかりていた、涼太宛のエアメールをさりげなく元の位置に置いた。


きっと気が付かない。

あの子は雑だから・・・。


そう呟いてちょっと笑った。そして、弟に感謝した。


ありがとう。


何年ぶりかな?今夜は、家で夕飯を食べて帰ることにしよう。


下からはママお得意のビーフシチューの匂いがしている。





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