第38話 衝動

動き出す。彼のもとへ。アメリカへ。


涼太に届いていたエアメールだけが頼りだった。栞の所在なんて誰にも聞けない。このエアメールも、涼太はいい加減だから、きっと勝手に持ち出したって気づくことは無いだろう。


仕事で一度、台湾へ行った。その時のパスポートは有効期限内。

良かった。これは“行け“ということだと確信する。


旅行会社でギチギチの日程でチケットをとった。私は最小限の荷物をもって部屋を出る。


空港から飛行機、長いフライト中、眠れないほど考える。


早く会いたい。会いたい。会いたい。病的にも思える栞への思いは、執着?たまに、我に返り、反省。


アメリカについても、直ぐには会えない。飛行機からまた国内線、そしてバスに乗る。


英語の成績は良かった。だけどやはり、話しかけるのは怖い。日ごろの根暗が足を引っ張る。でも、今は頑張るしかない。


彼の大学のある町に着いた。景色を見る余裕もなく、歩き出す。どれだけ時間がかかったのだろう?


親切な人に助けられて、彼の住むマンションまでなんとか着いた。


その頃には、内外ともにボロボロ。だけど、アドレナリンのおかげかな?

まだまだ行ける。


胸が高鳴る。

どうしよう。

今更、とてつもなく緊張してきた。


会ってくれなかったらどうしよう。栞は可愛いから、既に彼女がいたらどうしよう。

今更、湧いてくる臆病をぎゅっと抑え込み、螺旋階段を上る。息が切れる。三回の角部屋。


ドアの前。


ドキドキ、ドキドキ。


彼は、

栞は、

今、家にいるのだろうか?


何の確証も無い。ここに今、彼がいて、私が来たことを喜んでくれるのだろうか?


きっと栞は、私が早川と結婚することを受けて、

幸せに暮らしていると思っているだろう。


突然の訪問。ボロボロな年上女が現れて、迷惑かも。


どうしよう。今さら、ドアの前で悩んでいると、


”カチャッ”


内側からドアが開いた。


そこから出てきたのは、とてもセクシーなスパニッシュ系の美女。私を見て”びっくっ”と驚くそぶりをして、険しい顔で何やら私に怒鳴りだす。

言葉がわからないけど、かなりお怒り。怖い。少しだけ聞き取れる英語を、つなぎ合わせると、

見知らぬ外人が部屋の前で立っていることを不愉快だと言っているようだ。

怖い。怖い。怖い。

だけどそれ以上に私を固まらせたのは、栞の住む部屋からこの美女が出てきたからで・・・。最悪のシチュエーションを想像させる。


そうしていると、その騒ぎを聞きつけて、

部屋の奥から出てきた・・・。栞。


!!!


栞は私の顔を見て驚く。それはそのはず、いるはずのない人間がここにいるんだから。

直ぐに私に駆け寄って、彼女の前に立ち私の事を説明する。すると、興奮していた彼女は嘘みたいに落ち着き、満面の笑顔を見せて私をはぐした。


どういう事?


二人の会話が早すぎて聞き取れなかった。栞は彼女にどういった説明をしたのだろうか?


栞は嬉しそうに私を見た。


「悠ちゃん、久しぶり」


満面の笑み。安心する。

ずっとずっと以前に見た時のような、栞の可愛い笑顔に、私は嬉しくてうれしくて、緊張と緩和の激しさもあり、気を失った。

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