第32話 消した

私は栞の連絡先を消した。部屋に置いてあった栞のために買った部屋着も、下着も、カップも、歯ブラシも、全部捨てたら自分でも不思議なくらいに、

彼と思い出は綺麗に無くなって消えた様に思えた。

きっとそう思うために、そうした。もう振り返らない。


そして一年が経った。

私と早川は、順調に恋を進めていた。それは、情熱的とは違う、安定的で平熱。だけども着実な恋だった。


早川とは、月に2度ほど会う。お互いの無理のないペース。彼とは休みが合わない時は、夕食を食べ、そして、彼の部屋に泊まった。

彼の部屋には、私の部屋着や下着、歯ブラシや簡単なコスメ類がある。それらは自然に増えていき、当たり前にそこで生活していた。

彼は意外に料理も上手で手際も良い。私はお手伝いはするけれど、特になにもしない。彼の腕前を横から見ていることが多かった。彼は、けっこう甘やかしてくれるタイプで、何もできない私を、にっこり笑顔で受け入れてくれていた。


休みには、ドライブへ行ったり、街へ買い物へいった。私から寄り添うことはないけども、彼は横を歩く時、いつも私をエスコートするように私の腰元に手を回した。ベタベタした感覚ではないけども、言葉にはしない彼の独占欲をそこに感じて、それが

″愛されている″

と、私の心を優越させた。


同じ目線の恋。

これが普通の恋人なのだと思う。



ある日、私は風邪をひいてしまい会社を休んだ。

社会人になって初めてだった。

熱が高いので思うように動けない。だけど、早川には頼る事はできなかった。散々甘えているのに、やはり、やつれた姿はまだ見せたくはなかった。

私はママに電話をかけた。


「もしもし・・・」


「久しぶりに娘からの電話があったと思ったら

酷い声ね」


ママはこんな時にでも、笑いながら私をからかう。少しムッとしてしまうが、頼るところはここしかない。


「ママ、お願い。」


私の真面目なお願いに、ママの笑い声は本気の心配に変わり、後でここに来てくれることになった。


2時間後、


”ピンポン”


私はふらふらしながらロックを解除する。しばらくすると、ドアが開き入ってきたのは涼太と來未ちゃん。久々に会う。

二人は飲みもと食べ物をっ数日分持ってきてくれた。


「元気なさそうだな。」


涼太は面倒くさそうな態度。


「当たり前でしょ!病人よ。」


ガラガラの声で、強く言う。


「お姉さん、これ食べてくださいね。」


來未ちゃんは優しくテーブルに買ってきた食べ物を出してくれるた。


「ありがとう。」


來未ちゃんが妹なら良かったのに。


「来てくれる男とか居ないの?」


涼太は、黙る私の表情をみて、


「へ~居るんだ。」


涼太は嬉しそうに私の顔を見た。


「心配して損した。」


私、心配されていたの?そんな風には見えないけど・・・。


「でも、こんな弱っているボロボロの時に会いたくないから。」


そう言って、膨れる私をからかうように、


「別に頼って良いんじゃねーの?姉ちゃんの事を好きなら、頼ってほしいと思うよ。」


七つ年下の弟に、そんな大人びたことをそれなりの顔つきで言われるなんて、今まで思ってもみなかった。この子も成長しているんだ、感心していると、


「あっそうそう。栞さ留学するってさ。」


突然の栞情報に戸惑いを慌てないように隠す。


「…そう…どこに?」


どんな表情か正しいのか分からない。


「アメリカだったか?イギリスだったか?インドだったか?」


いい加減なリサーチに腹が立つ。やはり、栞と聞くと心が反応してしまう。


「どこなのよ?」


強い口調で聞くと、


「わかんねぇ。とにかくしばらく、会えないからって。この前、家に挨拶に来た。あいつにとって、家は特別な場所だからってさ。実家みたいなもんだもんな。」


″寂しい″


別にずっと会っていなかったのだから、状況は全く変わらないのに、そんなことを聞かされると、そう思ってしまう。


最後に会ったときの栞の悲しい顔を思い出す。


「お姉さん、大丈夫ですか?」


來末ちゃんは、私の背中に手をあててくれた。

そっか、顔に出しちゃダメなんだ。

二人から見たら、どうしてそんな顔になるのだろう?って不思議だろうな…。でも、隠せないほど淋しい。


私は二人が帰ってスマホを見た。

そうだ、もう、消しちゃったんだ。


連絡のとりようもないんだ。


もしかしたら栞は、あの後、連絡してくれたかもしれない。知らない番号はブロックしているから

分からない。

かもしれない。

かもしれない。


そんな想像しか今の私にはできない。

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