第26話 後ろめたさ

栞が部屋へ来るようになって半年が過ぎた。以前に思っていたような、


”また急に来なくなってしまうんではないか?”


なんて言う不安は今はない。私たちは長い間、お互いに抱いていた不安や不満を少しずつ埋めていくように、手を伸ばせばすぐに届く距離で恋をしていた。


早川からは、やはりメールが来る。それは、

私がしっかり断らないから・・・。

もちろん栞には言えなかった。仕事上での関係にまで影響したくなくて、のらりくらりといい加減な内容のメールをしいた。しかし、食事などの誘いは丁重に断っていた。不思議なことに、あんなに勘の良い早川だから、みなまで言わなくても分かりそうなものだけど、全くもって変わらない態度。分かりやすい断り文句を言われているようなものなのに、それについて、気がつかないふりなのか?怒るわけでも、勘繰るわけでもない。


”そっか、また誘います。”


返信は、あっさりしたものだ。

私は申し訳なさに苦しい反面、その短い文を読むことも煩わしいものになっていた。


最近では、早川が彼の後輩の吉本君と一緒に、店に姿を現す。新しい人事で、この店が早川の担当になったらしい。


私は接客中だったりするから、彼が視界には入るが、話すことはほとんどない。あくまでも彼は私に会いに来ているわけではなく、本社からの伝達や品出し、ポップの展示やレイアウト作業、店内の棚卸の応援に来ている。仕事をしているだけだ。今までの営業担当者は、ここへあまり来ることはなかった。お店の状況によるし、担当営業の働き方にもよるけど、この状況は珍しいので、みんな素直に喜んだ。彼らがチョイチョイ来るものだから、男っ気のないこの場所になんだか色が出ている。


早川は、仕事ができて、部下からの信頼があり、誰にでも優しく、誰にでも気が利く。誰にでも笑顔の彼がいると、シングルの女性スタッフたちは、彼氏の有無関係なしに、いつもより笑顔で声のトーンだって上がった。普段は雑用なんて嫌いな子たちも

彼にまとわりつくように進んで作業をしている。

私は真逆で、彼の近くでの作業は避け、接客を中心にしている。彼はやはり大人だから、なにも気にせず、他の子達同様に話しかけてくれるけど、私は愛想笑い程度で、あまり彼らに関わる気にはなれなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る