第19話 春なのに鍋
早川からはあの後ラインが来ていた。
”急にあんなことしてごめん。
決して軽く考えているわけではないから。
また誘わせてください。”
私はあたり障りのない返信をした。
仕事の関係の人だから・・・。
これまでだって営業の人とは関わることは無かったのだから、これからだって職場で会うことも無い。しばらくはこのまま。もしこのままあの日のことが消滅するのなら、それはそれで気が楽だと思っていた。
仕事の関係の人だから・・・慎重に。
就職して無事に一年が過ぎた。新しい事ばかりで目まぐるしくて、我ながら
余裕がない一年だった。
最近、三キロ太った。
今夜は涼太が來未ちゃんと家に遊びに来る。もう春だというのに、鍋パーティーがしたいだなんて、変わった子。
私は弟のために朝から部屋の掃除をした。買い出しへ行き、パーティーの準備。
約束の時間数分前、二人は仲良くやって来た。
私は満面の笑みで迎える。涼太は最近、素直になってきたようで、
「忙しいのにごめんね」
そんなことを言うようにもなってきた。
普段、料理をしない私は、なかなかの不馴れな手つき。しかも、弟カップル目の前に少し緊張している。來末ちゃんはそんな私を気遣って、
お皿や具材を運ぶのを手伝ってくれた。そのお陰で速やかに三人でお鍋を囲み
、春の鍋パーティーを始めることができた。
何度も
゛美味しい゛
を繰り返してくれる來末ちゃんを優しく見つめる弟。この子もこんな顔するんだ…。
姉としては、男として成長していくのを目の当たりにするのは切ない。無邪気だった頃を思い出す。
「この間、久々に栞と遊んだんだ。あいつ忙しいからさ、あんまり会えなくて・・・。」
「そうなんだ…元気だった?」
「ちょっとハズいけどWデート?みたいなやつで、來末ははじめて会ったんだけど、
゛カッコいいね゛
って言ってさ。俺がいるのに失礼だろ!」
Wデートって、やっぱり彼女いたんだ…。以前に会ったあの子かな?
「そうなんだ。」
声がうわずる。
「うん。会ってないの?」
変な返し。なによ…それは!親友のあんたが会ってないのに、私が会う訳ないでしょ!と、心の奥で突っ込みを入れるけど、あの、クリスマスの夜の事をじんわり思い出す。
「・・・ ・・・」
少々動揺で言葉にならない。
「いや、栞が引っ越しの日に言ってたろ?姉ちゃんの飯を食いに来るって…。だから、来てるのかな?って」
そういえば言っていた。一度もご飯食べになんて来ていないけど。クリスマスにケーキ持ってきて、寝て、帰っただけだよね。意味のわからない時間だったな…。
そう言えば栞は、いつも私を惑わす。
忘れた頃にやって来て。
色々と心をかき混ぜて。
居なくなる。
なんだか腹が立ってきた。
何のつもりなんだろう。
からかっているのかな。
「お姉さん、大丈夫ですか?」
私がイライラを募らせていると、來末が心配そうに私の方を見ている。ヤバイ、心の声が表情に出ていたのかもしれない。
「うっうん。大丈夫よ。なんだか、暑いね。春に鍋ってこんなに暑いんだね」
変な言い訳。
涼太も來末ちゃんもキョトンとする。
「で、栞ちゃんの彼女はどんなだったの?」
別に聞きたくなかった。だけど、他に会話を進める術がなかった。
涼太と來末ちゃんは、顔を見合わせて、妙な空気を出す。
「どうしたの?」
「いやさ、カラオケ行ったんだけど、栞の彼女、メッチャ積極的でさ。
俺たちの前でもブチュブチュするからさ、こっちが恥ずかしいって感じよ!
栞は無表情で、やられるがままでさ。」
なにそれ…少しショック。
「最後までやっちゃうのかと思ったよな」
涼太が來未ちゃんに同意を求めると、彼女は顔を赤くしてうなずいた。
そんなに…。人前でもそんな感じなら、二人きりなら…。
私の中で妄想じみた想像が巡る。
なんだろう?
この胸の締め付けは?
悔しくて悔しくて、なんだかイライラしてしまう。
栞に会いたいと思った。
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