第12話 卒業

大学も四年生になってすぐに,私は化粧品関係に就職の内定ももらった。

学部とは全く関係がなく、当初の希望の内勤職ではない。内気な私にとって接客サービス業となるけど、この就職氷河期にこんなに早々決まったことは、親も安心してるし良かったと思う。一応、希望は内勤職。経理課か総務課を希望している。


単位もほとんどとれていたので大学へ行くこともあまりなくなっていた。誰にも会いたくなかったから、無駄には大学に近付かなかったと言うのが正しいのかもしれない。



大学の仲間は、最後の年という事もあってよく集まったようだ。

春は恒例のキャンプバーベキュー。

海水浴。

花火大会。

ハロウィーンは仮装してホームパーティ。

クリスマスはイルミネーションを見に…。

初詣はドライブしながら牡蠣小屋。

卒業旅行は海外を考えているらしいけど。

何だかんだ理由をつけて、私は不参加。次第に、私に恋人ができたという噂が勝手に独り歩きし、大学を出たら結婚するかもしれないという所まで話は膨らんでいた。


そして、純一郎は、美咲には私との事は言えていないのか?その後ろめたさからか?


「最近、参加率が良くないから正直に言うけど、ずっと前から悠の事が苦手だったんだ。」


と、言っていたらしい。美咲は、


「何でだろうね?悠、ごめんね。彼、人を簡単に嫌いになる人じゃないんだけど・・・。」


と、なかなか顔を出さなくなった私を気遣うようにしながら、ノロケの合間にそんな事を言っていた。


純一郎と美咲を眺めながらの最後の一年は特に私には苦痛すぎたから、逃げ出した私には酷な状況だった。


美咲は知らない。

知ることはない。

知る必要はない。

知ってもほしくない。


純一郎が三年も私にメールをしてくれた事。私が彼を逃してしまったこと。


卒業式。

私は何か大きな仕事を終えたような、脱力感で一杯になっていた。

皆の事は好き。友達としては、純一郎や美咲だって…好きだと思う。

だけど、しばらくは会いたくなかった。こんなに特別な日だって、目の当たりにしたくない。


謝恩会やその後の打ち上げに私は行かなかった。


七海や聡から大量にメールが入っていたけど、中身は見ないで電源をオフにした。部屋を暗くして、ヘッドフォンで失恋の歌を流しながらベツドに転がる。

やっと解放されるんだ。

頭の中は空っぽで、何かを考えているわけではないのに、涙がポロポロとこぼれ落ちる。


真っ暗な闇の中で、パチッと部屋の明かりがつけられた。目の前が急に明るくなって驚く。

顔をあげると、ドアの横に栞がたっていた。


「悠ちゃん、ごめん。何回も声かけたんだけど、返事がないから…心配で…。大丈夫?」


私は体を起こして涙を手でぬぐった。


「…何か用なの?」


今日は優しいお姉さんのふりなんかできない。不機嫌な声。栞にあたる様な態度をとる。


「今日、卒業式なのに、早くから引きこもってるって涼太に聞いたから、

何かあったのかなって…」


栞の穏やかな話口調。久々に聞く声に癒される。


「別に…」


私は甘えるように、つっけんどんな態度をとる。


「大丈夫?」


栞は優しい。仔犬の様にまとわりついてくる栞は、今、何を思って私に声をかけているのか?


「大丈夫じゃないよ」


子供が駄々をこねるように私は膝を抱えた。


「みたいだね」


栞は部屋の中に入りドアをそっと閉めて、私の方にゆっくり近づいて横に座った。私は栞の方を見た。栞はにっこり微笑んで、

ゆっくり。

ゆっくり。

とても優しく私を抱きしめた。


温かい。


私はズルい。心の奥底で、これを期待していた。

はじめてあった頃は小学生で、可愛らしかったのに。背も手足も伸びて、

栞は私をすっぽりと包み込めるほどになって。

何も言わなかった。聞かなかった。ただ、優しかった。

しばらく私は包まれていて、心地い。


私も栞の背中を抱き締めていた。


どのくらい時間が過ぎたのだろう。

私は眠っていたようで、目を開くと、栞も一緒に横になって眠っていた。


綺麗な寝顔。スースーと小さな寝息も可愛らしい。

私が見つめていると、栞がゆっくり目を開けた。


「あっ、寝てた」


慌てることもなく、ゆっくりとした動作で栞が時計を見る。小さくアクビをして、


「悠ちゃんが柔らかかったから気持ちよくてぐっすり寝てたけど、一時間くらい寝てたんだね。

涼太に捜索願い出されちゃうよ。」


そう言ってはにかむと、何事もなかったように部屋を出ていった。

私は何を苦しんでいたんだろう?失恋の痛みは消え去って、思い出せない。もう、苦しくなかった。純一郎の事も、美咲の事もどうでもよくなっていた。


私の部屋にはしばらく、栞の優しく甘い残り香が漂っていた。


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