Mobile Racer PRiNCiA 『超高機動走士 プリンシア』

@TiA-Tech

第1話 神の声が聞こえるAi

その日、プリンシアは再び不可解なコースラインを辿った。

あらゆるレースカテゴリの中でも最速と称されるモビルフォーミュラ

その最高峰のレースが、モナコグランプリ

モンテカルロの市街地をコースとする伝統の一戦、美しいモナコの街並みを疾駆する機体の中にプリンシアは居た。

全身を走るための機械で鎧う、ホンダが生み出した競技用Aiを搭載したモビルレーサー・プリンシア

機械による精密な判断と完全な人として人格を併せ持つ未来世界における、一つの人類のあり方でもある

ただそんな彼女にも、この所不可解な兆候が見られたのだ

超光速の物質すら観測可能になったこの世界において、

彼女のログには正常なデータに紛れてDetection-Unknown Object.と克明に記されている

未知の物体を彼女は検知している

そしてそれを境に、彼女のレースは好転しはじめる

今日のモナコであってもそうだ

理想的なレコードラインでも、他のレーサーとのせめぎ合いから導き出すバトルラインでもない第三のライン

レースタクティクスの常識では不合理極まりないこの進路へ進む事は、はっきり言えば通常なら不具合なのである。

にも関わらず、プリンシアは突き進む

そして勝利を持ち帰る。

これがチームホンダが頭角を表した最たる要因であり、そして悩みの種でもあった...


「プリンシア、ちょっと来てくれるかな?」


プリンシアを担当する主任技術管理士、ナカムラは表彰台から帰ってきた彼女を優しく出迎える。

しかしその声色とは裏腹に表情はどこか険しい。

シャンパンの泡を浴びたプリンシアはずぶ濡れの機械の体をタオルで拭く。


「それで、今日も聞こえたのかい?」


「うん...残り8周、ラスカスのあたり」


「具体的に何かを指示される、とか...そういうものではないんだよね?」


「そういうのじゃない、うまく言語化できません...ただ、普段感じられないものを感じられるようになる、そうなると自分でもどうしてこんな走りをするのか、わからなくなるんです...ごめんなさい」


「どうして謝るんだい?プリンシア、君は何も悪いことなんてしてないよ」


「私がこうやって勝つようになってから、みんながだんだん笑わなくなってきてる...だから、ごめんなさい」


ナカムラは強張る表情を笑顔に変えてプリンシアに微笑んだ


「僕らのことは気にしなくて良いさ、レースログの提出が終わったら後は自由にしてくれ、今日はお疲れ様、そしておめでとうモナコマイスター」


どこか硬く笑うナカムラの顔をプリンシアはじっと見た後、頭を下げてチームガレージを後にした。


レース中のアルゴリズムの改変

それがなんによって行われているかわからないのは、レースの安全上においては非常に懸念すべきリスクである。


この事を、ナカムラは本社に報告できないでいる

こんな事がもし明らかになれば、プリンシアは間違いなくリスクの高いインシデントの烙印を押されてしまうだろう。

ホンダチームがモビルフォーミュラから撤退してしまう可能性もある。

そして最悪の場合、プリンシアは用途変更となり、レースの世界に居られなくなるだろう。

勝つために生み出されたAi、

そのアイデンティティが消滅する事は、人間にとっての人生の破滅と同義なのだ


ナカムラの背には、自身のキャリアだけでなく、ホンダ・モビルフォーミュラチームの存続とプリンシアの人生が重く背負われていた。


プリンシアもまた葛藤していた。

レースを勝つためには、最適なレコードラインを辿り、最適な速度で、最適なブレーキポイントを踏む...という単純なアルゴリズムでは勝利する事はできない。

人間と勝負する以上、露骨なパターン変化は穴になる。

そこを突かれれば簡単に攻略される従来の機械的なだけのアルゴリズムでは、この極限の世界を制する事はできない。

だからこそプリンシアは、人を理解し、駆け引きや心理戦を超克するべく、人格を備えざるを得なかった。

だからこそ彼女は人と同じように扱われ

そして人と同じように悩んでいた。


説明のできない『何か』それがプリンシアにも深くのしかかる。

勝てば勝つほどに周囲の怪訝な表情は強まり、

しかし勝たなければ、このチームを維持する事はできない。

この『何か』に取り憑かれたまま走ればどうなってしまうのか

それはプリンシア自身にさえわからないのだ。

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