文筆家殺人事件

花籠しずく

文筆家殺人事件

 ええ、はあ、わたくしが血まみれでいた理由でしょうか。旦那様を抱き起した際に、それはもう、ひどく血がついたもので。旦那様は、ごくごく普通にお茶を飲んでいまして、そのお茶はわたくしが女中のりんに淹れさせたものだったのですが、そのお茶を飲みました途端に、ひどい痙攣を起こしまして。あまりにも苦しそうで、気の毒で、介錯して差し上げようと思ったのでございます。介錯して差し上げることは、何か悪いことでしたでしょうか? その割には随分落ち着いている、とおっしゃいますが、そう言われましても、わたくしも一体何が何やら……。巡査さまも慌ててやってきて、おもてなしする間もなく、こうして、仁王立ちで見下ろされているわけですから。わたくしも混乱している最中ですし、そもそも、旦那様とは仲が良好とは言えませんでしたので、今すぐ悲しめと言われましても、困ります。泣き叫べば納得してくださるのなら、泣き叫ぶことも出来ますけれど。巡査さま、それでは納得してくださらないでしょう? 死体とお茶を調べるのでしたら、どうぞ、ご自由に。でも、りんに乱暴なさるのはよしてくださいね。りんはとてもよく働いてくれていますし、わたくしが生家から嫁いだ後も、ずっとわたくしに優しくしてくれたのです。旦那様を殺してしまえば、わたくしは露頭に迷ってしまうでしょう? 明治になったと言えども、女一人で稼ぐことは叶いませんし、旦那様を立て、子を産み、子を立派な跡継ぎにするために女は存在するのですから、男なしに女は生きていけなければ、名を挙げることも叶わないのです。それなのに、りんがわざわざ旦那様を殺そうとするはずがないでしょう? 余計なことを疑うのはよしてくださいませんか。りんは血を見て、ひどく顔を青ざめさせて、しばらく気を喪っていたのですから、そっとしておいてやってほしいのです。できれば、わたくしが手ずからお世話してあげたいくらいなのですが、巡査さまとお話をしなければなりませんし。他の女中も、騒動のおかげで気の毒ですし、息子も息子もまだ外から帰ってきていませんから、ここは家を守る役目の女が踏ん張らねばならないはずなのですが、どうにもできませんので。とにかく、りんをそうっとしてやってくれるのであれば、わたくしを調べるのは、どうぞご自由になさってくださいまし。



 わたくしは橋口登美子と申します。橋口修の妻、と言ったほうが伝わるでしょうか。そうです、あの、作家の橋口修です。雑誌に掲載されれば、たちまちに人気を博し、艶やかな情景と細やかな心の動きの描写で知られる、一世を風靡している、あの作家です。ほら、そこらかしこに原稿用紙が散らばっているでしょう? 破られた紙も。あれは彼の書きかけなのですよ。まったくもう、片付けが出来ないのですから、わたくしが片付けをする他なく、困ってしまいます。どれがどの原稿なのか、分かれと言われてもそもそものことを教えてくださいませんし、女に小説が分かるはずがないだろうと言って嘲笑うのですから、すべてが矛盾しています。それでも、子をみんな結婚させるまで、彼の理不尽に耐えていたのですから、良いでしょう?


 巡査様は、なんだかわたくしを疑うような目をしていらっしゃいますね。なぜ女の細腕で、男の喉笛を掻き切ることが出来たのか、と言われましても。橋口の家は、江戸の頃は大名でしたので、ほら、隣の部屋に甲冑や刀が置いてあるのですよ。この短刀は、大名だった頃の橋口家が、遠くから嫁いできた女に持たせたものだそうで。女かて自分の身を守らねば武士の家には置けぬ、と言われたようで、その女は、それはもう、泣きながらこの短刀を振るって鍛錬したようでして、それでも、敵襲で殺されてしまったそうなのですが、彼女の霊がわたくしに乗り移ったのかもしれませんね。橋口の女たるもの、肝が据わっていなければ役に立たぬと、お義母様にも言われましたし。まあ、こんな話をしても、仕方のないのですけれど。


 まあまあ、それは、旦那様の代表作の「綾糸」の原稿ですよ。丁重に扱いなさい。血で汚したらどうするおつもりですか。あなた方にそれの価値がお分かりで?


 なぜ、わたくしの部屋に新作の原稿があり、旦那様の部屋のみに完成原稿があるか、でしょうか。筆跡が同じ。ええ、そうです。その原稿は、わたくしが書いているものですので。ええ、わたくしは、彼の自害を手伝っただけにございます。彼は、己の作品が世に全く出ぬというのに、わたくしの作品が売れに売れることがそれはそれは口惜しく、もう死んでしまいたいと言いましたので、それならば毒をお出ししましょうか、と冗談で申し上げたところ、そうしてくれと本気で言いますので、ならばとお茶を用意して差し上げました。彼に言われた通りのお茶を出しましたところ、どうやら、死ぬほどの量ではなかったようなのです。それで仕方なく、喉笛をを切って差し上げたのです。わたくしの原稿が血で汚れてしまったのは、とてもむなしいですが。そこにあるのは、もう雑誌に載って、売れているものですから、まあ、良いでしょう。


 わたくしは、江戸の終わりに生を受けたわりに、両親は進んだ考え方を持った人でして、わたくしが兄と弟の本を読むのを窘めることはありませんでした。お琴とお裁縫、お料理さえ、きちんと練習していれば、他の事をしても怒らない質で、女に学問など要らぬ、と言われたことはありませんでした。わたくしに関心がなかった、と言われてしまえば、それまでなのですが、結果的に進んでいたのですから、良いのです。他のおなごは、女に学問など、と言われて取り上げられていることがしばしばあり、今でも、女学校は花嫁修業の場ですから、まあ、世の中の言う「女のための教養」など、その程度のものです。しかしわたくしは、男の読む書物を、それこそ貪るように読んできましたので、生家の商売を継げと言われたら、継いだと思います。たださすがに、商売に女が混ざると、どこも良い顔をしませんし、笑ってきますので、わたくしは大人しく、父の決めた縁談に従いました。そうして橋口様の妻になりました。


 旦那様は、わたくしと比べて、あまり教養のある方ではありませんでした。一般の男性からすれば、まあ、侯爵としてやっていける程度に政治を理解していますから、無教養とは言えないのですが、親に言われたことをそのまま学んできてしまったような、特に向上心のない人でしたので、わたくしからすれば、怠惰に思えました。旦那様が本を一冊本を読む間に、わたくしは同じ作者の本を三冊読みました。旦那様が考える政治に、口を出して、同等に言い合えるだけの学がありました。しかし旦那様の矜持は、ひどく、ひどく、傷ついたようでした。わたくしは、姉に、学が身についたとしても男にひけらかしてはならない、それは下品で意地の悪いことである、と言われていたのですが、すっかり失念していたのです。やがて旦那様は、わたくしに出来ないこと、本を作ることを始めようとしたのです。彼はどうやら、自分が素晴らしい一作を書き上げてから、わたくしにも書かせ、わたくしには出来ないだろうと嘲笑うつもりのようでした。旦那様は案外、負けず嫌いでした。


 わたくしはそれまで、自分が本を書く、という発想を持たずに過ごしてきました。里見八犬伝もなんでも読んできましたのに、なぜ自分が書こうと思わなかったのか、不思議に思いました。もとより、暇つぶしに空想に耽ることもありましたので、小説を書く、というのは、特別、難しいことではありませんでした。


 ――穏やかに降り積もる春の空気に、瞳子がほうと息を吐くと、喜助の頬がゆるりと色づいた。そんな書き出しに、旦那様はぎょっと目を見開きました。旦那様の書くものは、言い方は悪いのですが、幼稚でした。娯楽の読み物としても浅く、文学としても浅い。それに対して、わたくしは常日頃から本を読み、そこで疑問に思ったこと苛立ったこと嬉しかったことを覚えていましたし、交友関係を制限される中でも、数少ない縁を大事にしていましたので、人間としての厚み、というべきでしょうか。それが明らかに、旦那様より勝っていました。


 旦那様はわたくしの原稿にじっと目を通しました。じぃっと原稿を見つめていました。静かに、静かに、わたくしの原稿と己の原稿を比べ、断髪した髪をぐしゃりぐしゃりと掴みました。それから冷え切った目でわたくしを見つめ、わたくしの原稿を破り捨てようとしてやめ、己の原稿を破り捨てました。その切れ端をわたくしの口に押し込もうとし、嫌がるわたくしに何度も平手打ちをし、それからやっと、わたくしの部屋を出ていきました。それからしばらくしないうちに、雑誌に、わたくしの小説が掲載されていました。彼の名前でした。


 こんな世ですから、女が女の名前で何かできるとは遠い夢の話ですし、出来たとすれば、それは後世に語り継がれるであろう人になりますので、わたくしがそうはなれるとは思っていませんでした。きっとそういう方は旦那さんに恵まれているのでしょう。わたくしの旦那様のように、功績を何の相談もせず、腹いせのように奪ってくる人もいるのですから、まあ、なんとも生きづらい世の中でございます。そして同時に、女に負けるなんて情けない、という想いも、男性を生きづらくさせるのでしょうね。旦那様はそうして、少しずつ、すこしずつ、壊れていきました。


 彼はまず、自分の名で大きな偉業を成し遂げたことを、喜びました。わたくしを殴りながら喜びました。それから、わたくしに小説を書くように言いました。それは旦那様の虚栄心でした。なんでもいいから、自分の功績でなくとも、世間様からちやほやされ、愛されたい……。そんな思いがあったようでした。まあ、彼も小説に拘りましたので、彼なりに小説を書き、頭の中でうごめき、命を持つ言葉を紡ぐことを愛おしく思っていたのでしょうけれど、虚栄心は彼のそんな気持ちをいたぶって遊んでいるようでした。一方、わたくしは自信に満ち溢れていました。功績を奪われたことは、当然、悔しくはあるのですが、それが旦那様の名前であっても、称えられているのはわたくしの作品です。わたくしなのです。正直に申し上げますと、旦那様を殺して差し上げたい、という気持ちはございましたが、それをしたところで、わたくしの作品が世に出ることはありませんので、堪えて、わたくしの作品が評価される喜びを享受することにしました。わたくしは黙々と小説を書きました。子育ても終わっていましたし、家を継がせた息子はほとんど仕事やら遊びやらで家にいませんでしたし、息子の嫁もお茶会が好きなようでしたし、家事のたいていは女中たちに任せていましたので、わたくしは執筆だけに専念していられました。二番目に書き上げた「丹花のくちびる」もそれはそれは評価していただけまして、旦那様は鋭い評価の書かれた雑誌を勇んでわたくしの前に出したのですが、わたくしが素直に喜ぶものでしたから、わたくしを殴りました。わたくしが悔しがるところを望んでいたようでした。


 まあ、そんな調子で、作品を書き上げ、評価され、旦那様が鼻高々に帰ってきてはわたくしが素直に喜び、殴られ、と繰り返していたのですが、だんだん、旦那様の虚栄心が満たされなくなってきたのでしょう。彼もまた一生懸命小説を書くようになりました。ほら、そこに破り捨ててある紙があるでしょう。あれは旦那様が今朝まで書いていらした原稿です。見ていただくと、分かりますでしょう? 明らかに文体も筆跡も異なりますよね? 幼稚で愛らしいでしょう? 文字もまるで子どものよう。わたくしは達筆と、出版社の方にも言われましたのに……。そして、旦那様は出版社の方に、旦那様の作品を妻の作品を偽って見せたようですが、鼻で笑われたようでした。奥さんは可愛らしいお方だなぁ、お前さんの足元に及ばないというのに、お前さんのようになりたいなんて、女だというのに身の程を知らないようだなぁ――でしたっけ、まあ、そんなことを言われて帰ってきたようでした。その日、わたくしは危うく殺されそうになりました。執筆をしていたところを彼はじぃっと見下ろしてきて、それはそれは、恐ろしい目でわたくしを見てきたのです。怨霊がそこにいるのか、いや、あれは旦那様の生霊かと、わたくしはその場で震えながら思ったものでしたが、彼にばしんと叩かれ、畳に倒れ伏したわたくしの首を、ぎりぎりと彼が締め上げるのです。わたくしはそれはもう、ある限りの力で抵抗をしたものでしたが、結局、彼が我に返るまで、ふりほどくことはできませんでした。彼はおいおいと泣き崩れ、わたくしに謝ることはなく、わたくしの書きかけの原稿をびりびりと破り、鼻紙にしてしまいました。


 巡査さま、なんて顔をしてらっしゃるのです。わたくしが恨みに任せて、旦那様を殺したとでもお思いですか? いくら殴られ、搾取されても、わたくしの生家は、つい去年に火事に遭い、商売をすべてやり直さざるを得なくなっていますので、わたくしが帰ったとしても、筆をとることが叶いません。これほど日常的に筆をとってしまいますと、それはもう、息をしているかのように、言葉が、お話が、文章が、零れてきますので、お百姓のお世話になりながら商売に時間を費やす生家の、ろくに筆をとれる環境もないところに身を置けば、零れる言葉に蝕まれて、死んでしまいます。巡査殿は化け物に己が変わる夢を、日常的に見ますか? わたくしの筆から文字が零れて零れて、わたくしの体内に入り、体内から零れた言葉が、紙に吸い込まれていく夢を見ますか? 紙をめくる腕が間に合わないと、身体が文字に埋もれて、肺を犯され、窒息する夢を見ますか? そんな夢に魘されて、真夜中に起きますか? お分かりいただけますか、それほど言葉はわたくしの体内に、肉に、骨に染みついていますので、旦那様をわたくし自ら殺すなど、それはもう、してはならないことなのです。例えばですが、巡査さまのように美しく、お金のある人が、わたくしのような者を妾のように囲ってくださるのなら、話は別ですが、残念ながら、そこまでの容姿に恵まれませんでしたので、再婚の見込みは薄いでしょう。子どもに養ってもらうのも手ではありますが、子どもには子どもの人生がありますし、恥ずかしながら、息子の嫁と気性が合いませんでしたので、旦那様が亡くなってしまえば、わたくしは厄介者でしかありません。息子には必ず嫁の味方でいるように叩き込みましたので。


 そう、頷いてくだされば、それで良いのです。ですから、はい、旦那様の自殺なのです。旦那様が、お子様な、文学にもならない、文学を書き続け、その間にも、わたくしの書く小説は高い評価を受け続けますので、旦那様は日に日に、やつれていきました。髪をかきむしり、頭の皮からは血が流れました。わたくしは彼の零した血を拭きました。愛らしい血液を拭いました。そうして、旦那様の原稿を直して差し上げました。旦那様が絶望的な表情を浮かべて、わたくしを見つめてくるのを、わたくしを殴りつけようとして手をあげるのを、わたくしから飛び出したわたくしが眺めていました。なんだか不思議な気分で、わたくしがわたくしでないようでした。それからまた、旦那様は小説を書いては破り、書いては破りと繰り返し、次第に嘔吐も繰り返すようになりました。息子も息子の嫁も、旦那様の小説が高い評価を受けていると信じて疑わず、産みの苦しみがあるのだろうと労わるばかりでした。


 そうそう、息子がお金を工面してくれたので、その時期に旅行に行きましたのよ。取材旅行として、鎌倉まで向かいました。鎌倉は素敵ですね、古くからの寺院もあり、江戸の頃から、観光の名所として知られていたではありませんか。それで、まあ、いろいろな場所に向かい、小説の題材になるものを共に探しました。わたくしの方が、当然のように目ざとく物事を見て、旦那様に叩かれたものですが、これを気にしているようでは、この家では執筆なんてできません。宿では一つの机を旦那様が占領し、それはもう、必死に何か書いているようでした。旦那様がやっと寝付いた後に、それを読み返し、同じ題材のものを書き、机の上に重ねて置いておくと、翌朝かにそれはそれはもう、彼は大暴れしまして、宿屋の主人に摘まみだされてしまいました。柱に傷をつけて、椅子を壊してしまいましたので、修理代と迷惑料をお支払いすることになりましたが、わたくしの原稿料で十分にお支払いすることが出来ましたし、財布が寂しくなることもありませんでしたので、旦那様はそれが不満で、帰り際に、少々高いところから突き落とされたものですが、歩く時に足を引きずるような怪我だけで済みましたので、特段気にしませんでした。足を板やらで固定しながらも、机に向かい続けるわたくしの背中を、彼に見せつけてやりました。


 もうお気づきでしょうが、わたくしは、彼をいたぶることが好きでした。ほら、猫はねずみを喰らう前に、少し傷つけては放っておき、少し傷つけては放っておき、と繰り返して、いよいよ弱ってきたところをぱくりと食べてしまうでしょう? あれは、猫はねずみを捕食対象として、まあ、要するに、弱いものをいたぶって、自尊心を満たしているのだと思いますが、猫は猫なりに、ねずみを愛しているのではないか、と思う時があるのです。ねずみがよたよたと逃げ惑う姿に、唾液が零れるほどの愛おしさを感じるのではありませんか。考えすぎでしょうか。橋口修の、数少ない娯楽小説に、うつくしい男が、か弱くうつくしい女を閉じ込めて愛玩するお話がありますが――あれは女性にとても売れたそうです――あれも猫とねずみを見ているうちに、思いつきました。


 わたくしは猫でした。旦那様は弱弱しいねずみでした。猫の圧倒的な力の前に、抵抗しようとしては打ちひしがれ、抵抗しては打ちひしがれ、と繰り返すねずみでした。そうしてねずみは、とうとう、この生き地獄から解放してください、どうか己を救ってくださいと、猫に己を差し出したのです。ねずみが、自ら、猫に喰われにいったのです。わたくしはそのねずみをいたぶりながら食べました。むしゃむしゃと、食べました。


 支離滅裂ですか、そうでしたか。そう言われましても。まるでわたくしが自殺を唆したような言い方をなさいますが、ひどい言いがかりでございます。わたくしは死んだらどう、なんて言ってはいません。そんなにお辛いのなら、毒でも煽ったら、何か良い夢でも見られるのではないか、極楽を垣間見れば、何か創作に良い影響があるのではないか、わたくしもあなたに首を絞められた時に、わずかに極楽を見ましたし、そう思って、毒を飲んでしまいますか……と戯れを申し上げただけにございます。そうしたらもう、旦那様が、死ぬ死ぬ、己は死ぬ、己は死ぬしかない、死ぬしかない、と言って聞かなくなってしまいまして、それならばもう、仕方ないので、旦那様が言いつける通りに、鳥兜やら何やらを混ぜた毒の茶を用意して差し上げて、旦那様の前にお出ししたところ、彼が一気に仰いでしまいまして、そうしたらもう、ひどく苦しみだして、仕方なしに、隣のお部屋にあった短刀を持ってきて、えい、と喉を切って差し上げたのです。首に通る、太い血を切ると、部屋が血まみれになると本で読みましたので、できるだけ、それは避けようと思ったのが、巡査様も見ての通り、血まみれ、にございます。血の匂いに鼻がもう慣れてしまいまして、困ったものなので、洗ってこようと思うのですが、よろしいでしょうか? 乙女の裸を見る気がございますか、ならばどうぞ、着いてきてくださいまし。そうですか、ございませんか。それから、乙女に笑ったそこのあなた、失礼ですよ。


 これからどうするか、ですか。女ひとりで生きてはいけませんし、この調子では、わたくしの小説を売るのも難しいでしょうから、誰か、小説家になりたいのに書けない、という男を探そうと思います。お妾になるほどの美しさもありませんし、まあ、そこの者が嘲笑ったように、若くもありませんが、わたくしの紡ぐ文章は、どうにも、人を狂わせるようですので、まあ、人は見つかるでしょう。そこでまた、男をいたぶって遊べれば、わたくしとしても、面白い人生になりますので。

 ああ、はあ、わたくしが死ぬべき、ですか。はあ、そうでございますか。

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