Dream Engine 〜ネクラな私も、VTuberになれば勝つるのでは!?〜

中村朝日

第1話 私でいいんですか?

「俺たち、組んだら最強だと思わね?」


 いきなり声を掛けられて、心臓がよさこいを踊り始めた。全身で鳴子がカチャカチャ音を立てているような気がして、雑音で頭が埋め尽くされる。


 なんだっけ。今、なんて言われた?

 組んだら……組んだらって、どういうこと?

 体育祭の二人三脚一緒に出ようとか、そういうこと?

 えっ、普通に無理なんだが。


「あ、あの、どういう……」

「えー待ってごめん、説明足りてねーわ」


 岡野くんはスマホをポケットから取り出した。


 そう、岡野くんだ。あの岡野くんから、声を掛けられた。スクールカースト底辺の私が。

 嘘でしょ? なんかの罰ゲーム? 怖すぎる。


「これ、俺なのね」


 差し出されたスマホの画面には、YouTubeのチャンネルが映し出されていた。


「独Pってこれ、有名ボカロPの……」


 なりすまし? タチの悪い冗談? 私のことからかってるのかな。猫背の陰キャは全員ボカロヲタだと思ってるのかな。私は例外じゃないけど、そうじゃない人だっているのに。


「お、やっぱ知ってる?」

 岡野くんはさして嬉しくもなさそうに、平坦に言った。


 なんでだろう。なりすましだったら、絶対得意げに自慢してくるはず。

 違和感を覚えながらも、話を聞くことにした。だって、断るなんて絶対無理。


 女子人気どころか男子人気もナンバーワンの岡野くんを拒絶なんてしてみな、飛ぶぞ。首が。


「昨日藤崎さ、現国の授業で爆語りしてたじゃん? あれオモシレーって思ったんだよね」


 飛んだかもしれない。首。

 死んだ。絶対死んだ。あぁ笑いものだ。これでめでたく私も不登校デビュー。ネクラのヲタクに人権は無い学校という社会で、唯一の取り柄は皆勤賞くらいのものだったのに。


 絶望する私をよそに、岡野くんはキラキラした顔で私の手を掴んだ。


 ちょ、本当に待って。今クラスの全女子を敵に回した気がする。いや、もうほぼ全員下校してるから大丈夫ではあるんだけど。そういう問題じゃない。


「なっ、なに」

「お前絵上手いじゃん? VTuberやれよ」


 はっ、ハァ〜〜〜〜〜〜〜〜????


 舐めプでしかない!! いやエアプ? とにかく何でもいい、こいつVTuberを、ボカロ文化を、いやヲタクを舐めてる!!!!


「そんで、俺が曲出すからさ、それバズらせようぜ」


 私の怒りはきっと外に漏れていない。感情表現が下手だからだ。そんな私にVTuberを目指せと? イカレてるのか? ……というか、曲?


「まっ、あの、曲って」

「ん? や、俺が提供するから、歌ってってこと。藤崎いい声してんもん。ハマるよ、絶対」

「でも、あの」

「な! やろーぜ。俺らならVTuber界の、ううん、ネット界の天下取れる!」


 キラキラで目が潰れそう。眩しい。目がっ、目がぁ……!


 でも岡野くんは、ふっとその光を途切れさせて呟いた。


「ネット上ならさ、なりたい自分になれるから」


 なりたい自分。


 その言葉は、私の心を強く強く引っ掻いた。


 毎日SNSでイキってばかりの自分を思い出す。あれがなりたい自分なんだろうか。


 私のなりたい自分ってなんだろう。痩せてて、背が高くてスタイルが良くて、ダサい眼鏡もかけてなくて……可愛い。自分がもしそんな人だったら、こんな人生は歩んでいなかったかもしれない。


 ネット上では愚痴を吐くばかりで、なりたい自分になるだなんて考えたこともなかった。

 でも、そうか。Vなら。


「あの……」

「どうする? やる?」

「絵を、描きます」


 まずは、そこから。お試しだ。お試し程度にやってみよう。


「マジ!? やった! サンキュ、藤崎! これから頑張ろーな」


 岡野くんは掴んだ私の手をブンブンと振った。多分、話聞いてくれないなこの人。そんでもって、やっぱりキラキラしてる。

 スクールカースト最上位の輝きに、やられる。これからこの人と組むの、私。


 急に、自分のこれからの人生がやけに輝いて見え出した。


 騙されてるんじゃないかと疑う私と、カーストトップの隣を歩ける僥倖を大人しく頂けと諭す私が、時代劇も真っ青のチャンバラを繰り広げている。


 でも、絵なら。トークには自信が無いけど、歌は好きだし。

 そんな甘ったれた気持ちで……とも思うが、それよりも、キラキラした世界への憧れが勝った。


 ブスでデブな私でも、VTuberになれたら。


「じゃあ、絵描いたらDMして!」


 岡野くんはスマホをしまうと、さらっと帰っていってしまった。私も、描いていたノートをしまって、帰り支度を始める。

 騙されてたら、失敗したら、その時考えよう。


 放り投げたはずの思考は、放棄されずに頭の中でぐるぐると回り出す。


 どうしよう。やるって言っちゃった。

 明日登校したら黒板にでかでかと名前が書かれて、吊るし上げられているかもしれない。


 でも、やってみたい。

 吊し上げられようが、笑われようが、そんなの、このまま同じ人生を送っていたら起きるかもしれないことだ。最底辺を、ヘコヘコ頭を下げながら歩く人生。


 大事な一生を、そんな風に使い捨てたくない。


 変わってやる。

 なりたい自分に、なってやるんだ!

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