27曲目 あなたとの心の距離

タイトル:水面下

歌:可不・大沼パセリ

作詞・作曲:大沼パセリ

URL:https://www.youtube.com/watch?v=PdomeUcKsOc

初聴:大学4年

蓬葉No:1542

蓬葉階級:3つ星/6つ星 



【忙しなく日々を泳ぐ人の群れ 外れた視界から観察中】

 

 1番Aメロ、冒頭の歌詞です。この曲のすべてが、まず最初に提示されているといって過言ではないでしょう。

 

 MVは一枚絵です。

 海の見える部屋。風鈴と扇風機。全体的に青みがかったこの一枚絵からは、歌詞を見ずとも夏の光景と分かります。実際、「8月の風」という歌詞も登場します。

 その窓の手前、二人の女性が抱き合うでもなく、向き合うでもなく、立っています。左側の女性は目を閉じており、右側の女性は表情が見えません。この二人が、ただの友情の関係でないのは、その様子からもわかるでしょう。


 同性愛を歌った曲はいくつかあります。ボカロ曲で言うと、みきとP「少女レイ」は有名でしょう(もちろんあの歌は女性同士の関係と限定せずとも聴くことはできます)。傘村トータ「だって君には彼氏がいるでしょ」、だだ「ミルクティー」などもその例です。また、男性同士で見ると、みきとP「心臓デモクラシー」などもあります。


「水面下」は、女性同士の恋愛を歌ったものです。

 それを踏まえると、上で挙げた歌詞の理解の解像度も上がることでしょう。



 ジェンダー論は、うかつに語れるものではありません。しかし、恋愛感情は、その他の感情同様、他者に危害を加えない限り自由であるのは間違いない。その前提に立って、以下語りますが、どうしても「同性愛」がマイノリティであることも現実でしょう。こちらも一面の事実として扱います。



「水面下の恋」 

 恋心を秘めることは、古来歌われてきました。「百人一首」の、壬生忠見の和歌「恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか」や、同じく平兼盛の和歌「しのぶれど色に出でにけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで」という和歌に見られる通りです。


 しかし、先述の通り、この「水面下」では同性愛の関係も歌われています。現代は少しずつ恋愛の自由化が進展してきましたが、それでも「水面下」に秘めることをしいられる場面も、まだあるのが現実でしょう。曲中では【外れた視界】と表現されています。また、1番Bメロの【止まっては聞こえる騒音】は、周囲の心無い言葉を表しているのかもしれません。

  


【あなたとの心の水深 見上げることしかできないわ】(1番Bメロ)

【あなたとの心の水深 溺れて踠く垂直落下】(2番Bメロ)

【水面下の闇を あなたの笑顔で照らして】(サビ)


 主体は水の奥深くに沈んでいます。ゆうゆ「深海少女」をも思わせるようなシチュエーションです。そして、「あなた」は海上からこちらを照らす存在、温かい存在です。2人だけが互いの愛を確信できればいい。しかし、理屈上そうでも、やはりそう簡単にはいきません。だから主体はこの曲では一貫して「不安」そうです。それが募っていることが示されるのは、2番Aメロ扱いの【少し疲れちゃって 月夜に浮かぶ黒の感情】ですね。

 また、この主体は少々受動的に見えます。

【見上げることしかできないわ】(1番Bメロ)

【優しく触れて】(サビ)

【あなたの笑顔で照らして】(サビ)

 確信も持てず、かつ自分から動く勇気も出せない。

 そんな、いっそう繊細な恋愛関係や心情をさわやかに歌っているのがこの曲です。



 気になるポイントとしては、最後のサビの前、一度だけ二人称【君】が登場することです。

 曲の解釈をするとき、人称代名詞はとても参考になります。

 この曲における基本の二人称は【あなた】です。

 もし作者の大沼パセリさんがここで意図的に【君】という二人称を使ったとするならば、視点の変化が考えられますね。

【星降る夜に駆け出す君の 涙に触れた】

 さきほど「不安」そうとした主体をA、その相手をBとするなら、もしかしたらAはここで初めてBに自分の「不安」を伝えたのかもしれません。そして、駆け出したAの気持ちに、Bも応えた。そのまま、サビへ。あくまで二人の衝突があったという私の勝手な妄想にすぎませんが、それを経て聴くサビは、歌詞は同じでも1番とはまた異なった印象を与えてくれます。

 



 この曲を聴いたのは大学4年。実家での最後の一年です。以前紹介したツユ「忠犬ハチ」の少し後に聴いた曲です。ヨルシカ「又三郎」や緑黄色社会「LITMUS」もほぼ同タイミングです。夜、瞳を閉じて、静かに聞きたい曲の一つです。

 

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