捨てられた歌姫は、幸せになる

@Handakuon

第1話 平和な日常、始まる?

 目を覚ます。もう1年も寝起きに見続けた天井。慣れすぎて二度寝しそうになる。

「ん〜っ!」

 寝ないように体をのばし、起きる。そのまま顔を洗って朝食の準備を始めるのがルーティン。

「あー、白だしがそろそろ無くなるな」

 卵焼き、ご飯、味噌汁、ほうれん草のおひたし、鮭の塩焼き。

 ごくごく一般的な朝食を作り、同居人を起こしに行く。

「おはよう、姫妃。朝だぞ」

「んぅ...んー...ん....ぅ」

 ダメだ、今日は眠りが深いらしい。昨日まで春休みだったからなぁ。

「おーい、今日から2年生だぞ。始業式あるから、学園あるから起きてー」

「かな、た...く...」

 お、反応あり。もうちょいだな。

「彼方くんですよー、朝ごはん冷めちゃうから早く起きなー」

「はー、い...うぁぁ」

 モゾモゾとしながらゆっくり身体を起こしてきた。ゾンビみたいな声を上げながら。

 そしてそのまま腕を上げ、こちらに真っ直ぐ差し出す。

「抱っこ」

「抱っこてお嬢さん」

「だこ」

「だこじゃない。ほら、朝ごはん食べような?」

 そうこうしてる間にあー、瞼がどんどん落ちてそのまま体も後ろに倒れて....。

「あーもー、ほら、抱っこ抱っこ。顔洗いましょうねー」

 またベッドに倒れ込む前に腕の下から背中の方に右腕腕を通し、膝下に左腕を通して持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこの体勢になる。

「わー、彼方くん、力持ちー。洗面所まで連れてってー」

「はいはい、お姫様。洗面所までですよ」

 洗面所まで連れていき、姫妃が顔を洗っている間に朝ごはんを机に並べる。そうしてると姫妃がこちらにやって来て俺の向かいに座った。

「「いただきます」」

 そうして二人で朝ごはんを食べる。これが俺たちふたりのいつも通りの朝の時間。


「「ごちそうさまでした」」

「それで彼方くん、今日から学校なんだっけ?」

「そうだって昨日の夜も言っただろ、準備は出来てるか?」

「だいじょーぶ。後は制服に着替えて、髪を整えるだけだよ」

「なら歯磨きして着替えて来な、俺は皿洗っとくから」

「うん、いつもありがとう」

「どういたしまして」

 彼方が部屋へ着替えに行った後、洗い物を済ませ俺も制服に着替えに部屋に向かう。部屋から鞄や愛刀を持ってきてリビングに戻ると、姫妃が座って待っていた。

「彼方くん、今日はどんな髪型?」

「新学期で新学年だし、ちょっと清楚目に下ろしとくか?」

「それだけだと物足りないような...そうだ!両サイドに編み込み入れて欲しい!」

「時間あるしいいよ。櫛貸してくれ」

「はい、どうぞ」

 姫妃の綺麗な黒髪にはインナーカラーでピンク色が入れてある。傷めないように丁寧に櫛を入れ、黒とピンクで交互に編んでいく。

 両サイドから後ろ髪の中央に向かって編み込みの橋をかけ完成。

「これでどう?」

 スマホで写真を撮り見せる。

「うん、これがいい!ありがとう彼方くん」

「満足なら何より、それじゃ行くか」

「はーい」

 二人で玄関を出て鍵を閉め学園へ。歩いて20分ほどで着くので朝の時間にも余裕があるのだ。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 学園へ着くと校門の少し奥に人だかりができていた。皆新しいクラスを確認するために集まっているのだろう。

「今年はどこのクラスだろーねー」

「平和なクラスがいいな」

「うちの学園で平和なことあるのかな、特に今年からは」

 雑談をしながらクラス分けの書いてあるモニターに近づいて行くと、見慣れた背中が見えた。向こうも声でこちらに気づいたらしく振り向く。

「あら、おふたりさん。今日も仲がいいわね」

清志きよしか、おはよう」

「せいちゃん、おはよー」

 筋骨隆々、190近い身長の人間がいきなりオネエ口調で喋るもんだから周りの人がビビってる。

「あなたたちもクラス分けを見に来たのよね?嬉しいことにワタシは今年もあなたたちと同じクラスだったわ」

「おお、それは何よりだ。今年もよろしくな、清志」

「ええ、よろしく。姫妃ちゃんもね」

「うん、せいちゃん今年もよろしくねー」

 清志と同じクラスなのはいいけど、実際クラスがどこなのかはまだ見ていないのでモニターを凝視する。

「15組か、そりゃそうだわな」

 竜門学園のクラス分けには明確な基準がある。

 1クラス20人、2年と3年は前年度の勝率によって振り分けられる。勝率が高ければ高いほど数字の若いクラスになる。つまり俺と清志は1番下のクラスだ。

「楽しみねぇ、今年からの剣歌が。ンフフフ」

「...まったくその通りだな」

「含みのある間をもたせちゃって。まあ、ワタシにとっては関係なさそうだからいいけど」

「ねえ〜、そろそろ教室行こ?」

 クラスを確認してここに用はなくなったから暇になったのか、姫妃が制服を引っ張て催促してきた。

「そうね、底辺の顔でも拝みに行こうかしら」

 俺ら全員底辺だぞ、清志。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 教室で各々の席に着き、クラスの面々が揃ったところで担任の先生が入ってきた。

「皆さん、おはようございます。今日から1年間このクラスの担任をすることになりました、切島由香里です。よろしくお願いしますね。」

 先生がお辞儀すると背中に背負っている大筒がこちらを向く。

 ゴト、ベコッゴロゴロ...そのまま床に黒い塊が転がり落ちた。

「「「「「いや何!?」」」」」

 クラスの大半が防御姿勢をとったり机を盾にして警戒しながら総ツッコミ。そりゃそうだよな、大筒から出てきた黒い塊ってどう考えても砲弾だもの。

「あ、ごめんね〜!大丈夫!この弾は爆発したりしないから!」

 由香里先生は弾を拾って背中の大筒に戻す。

「これ物理的に重いから当たったら死ぬほど痛いだけなの!爆発してみんなに被害は出ないから安心してね!」

 あ、落ちたところの床が若干凹んでる。

「皆がいい子にしていれば、この子からさっきのが発射されることないから問題ない問題なーい!」

「つまりなにかやらかすとそれをワタシたちにぶっぱなすつもりよね!?」

 清志が驚いてツッコみ入れるも由香里先生はニコニコしたままで話を進める。

「一旦このお話は置いておきますね。それでは最初に、あなたたち2年生は今年から剣歌祭けんかさいに参加ができるようになります。つまり3年生も合わせて300人の中から最強、つまり竜王を目指すことになりますね」

 剣歌祭の名前が出た瞬間、クラスが静まり返った。それほどこの学園に通う生徒にとって大事な祭典だということ。

「そして、このクラスは現状最も竜王から遠いクラスと言っても過言ではありません。あなたたちは勝率下位10人とその相方なのですから。勝率は学年が上がる事にリセットされるので、去年勝率が低くても竜王祭の予選には参加できます。つまり皆にもチャンスはあるということです」

 今年から竜王を目指すのは不可能では無い、だけど去年の戦績を考えると厳しいと俺たちは言われている。

「本戦に進めるのは64人。約8ヶ月後の12月1日までの勝率上位64人のみが年明けからの本戦トーナメントに参加できます。最低30試合しないとどれだけ勝率が高くても本戦には進めないので気をつけてくださいね」

 8ヶ月で30戦...週1くらいのペースだな。勝率を上げるためにそれ以上試合してもいいけど、1試合だけやって勝利して勝率100%ですって行為を防ぐ為の最低30戦。

「試合をしたければ、この後皆さんにインストールしてもらうアプリから対戦相手をランダムに探すことがでます。任意の相手と戦う場合、先生に申請を提出してくれれば出来ますが、それが承認されないと戦績には反映されないので注意してください」

 同じ相手と何度もやって試合数と戦績を稼ぐことを防ぐためのルールかな、これは。

「モニターを見てください、これが予選の試合を行う時のルールです。2本先取、武器解放あり、歌による応援あり、1本ごとの制限時間は15分です。以上が今年から皆さんが行う予選のルールでした!あー、真面目に話すと疲れますねー...」

 由香里先生が緩い雰囲気に戻ったので教室の空気も弛緩したように感じる。

「それでは皆さん、自己紹介の時間です!出席番号順に1人ずつ前に出て、簡単に自分について話してくーださい!」

 そこからはクラスの面々が順々に自己紹介をし、その後講堂に全校生徒が集まって始業式、解散という流れになった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 姫妃と話しながら下校し、家の前まで帰ってきた。

「...あれ?」

「どうしたの?」

 玄関の鍵が空いている。

「いや、鍵空いてて...閉め忘れたっけ」

「んーん、ちゃんと閉めてたよ」

「だよな...部屋も間違えてないし、とりあえず入るか」

 玄関を開け、靴を脱ごうと足元へ視線を移すと俺たちのものではない靴が並べられていた。

「....!」

 ドクンと心臓が跳ねる。

「誰か来てるね、誰だろ?」

 この家を知ってて、鍵をあけられて、勝手に上がるような人..そんなの1人しか知らない。

 リビングの方から人の歩いてくる音がした。そんなわけがない。なんでここにいる。心臓の音が大きくなる。

「おかえりなさい、彼方。それと...泥棒猫さん?」

「え...?」

 姫妃が不思議そうにするのも当然、2人は面識がない。お互いを見たことくらいはあるかもしれないが、ちゃんと話したことは無いだろう。

「なんで、ここにいるんだ。此方こなた

「何でだと思う?」

 少なくとも今、姫妃に合わせるべきではない。話させるべきではない。

「彼方、私はあなたを貰いに来たわ」

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