第2話 ロリっ子師匠との出会い

 記憶を取り戻してから半年。

 わたしはとある魔術を修得するために、寝る暇も惜しんで訓練に没頭していた。

 

 ヴェルサイム王国の北方に位置するロシュフォール領は、冬になると大雪に見舞われる。屋敷裏の雑木林は一面の雪景色で、そこに赤い炎が灯った。


「不遜なる彼の者に灼熱を、ファイヤー!」


 ワンドの先端から放たれた初級魔術ファイヤーが、金属製の案山子カカシにドカンと着弾した直後、背後から二人分の拍手が響く。


 「ううっ、アンビリバボー! 流石、俺のヴィオレッドちゃんだ」


 「おーっほっほ流石私の娘ですわ、可愛いだけじゃなくて魔法の才もあるなんて、全能を司る神の生まれ変わりかしら?」


 「十分訓練したし、そろそろ休憩しようね?」 


 「いま修行をやめれば、焼き立てのフィナンシェが屋敷で待っておりますわよ?」


 声を掛けてきたのはわたしの両親。イケメンでナイスガイなお父様、ギヨーム・ロシュフォール侯爵と、桃色の縦ロールが似合う超絶美人、ソフィー・ロシュフォール。


 二人とも、超がつくほどの親バカで、私が怪我をしないように、あの手この手で修行をやめさせようとしてくるのだ。


 扇子を口に押し当て、誘惑するような目で見つめてくるソフィーお母様に私は歯ぎしりをした。


「ぐぬぬ……お願いですから、わたしを甘やかさないでくださいまし!」


 焼きたてのフィナンシェという蠱惑的な言葉に心揺れながらも、ぐっと堪える。ぷいっとそっぽを向くと、二人は残念そうに溜息をこぼした。


 わたしは優しいお父様とお母様が大好きだ。

 だけど、悪い未来シナリオを知っているから、ここで足踏みをするわけにはいかない。


 なにより、早急に解決しなければいけない大きな問題と直面している。


 それは保有する魔力量。

 魔力量は先天的な要素が大きい。

 ゲームのヴィオレッドは生粋の近接職だから、魔力量にはどれだけ訓練しても限界があり、これじゃいずれくる敵に太刀打ちできない。


 なら、どうすればいいのか?

 くふふ、たったひとつしかない解決方法を、ゲーム知識を持つわたしは知っている。


 しかもそれは、『truelove fantasy erotic』シリーズ3部作の最終章で修得できる世界唯一の無詠唱魔術で、己の魔力を使わずに魔術を行使する、チート級の代物。


 ゲームでその魔術を取得するには、とある人に弟子入りする必要があった。

 両親に頼んで協力してもらい、いまかいまかと待ち焦がれて、ついに、その瞬間がやってきたのだ!




 ◇ side ウィン・ベッカー




 「はあ、憂鬱です。どうせまたろくでもない貴族の子供でしょう」


 私——ウィン・ベッカーはこの世界で唯一の特殊な魔術を会得している。

 子供の頃に偶然発見したのをきっかけに、日夜研究に勤しみ私が編み出した新しい魔術の形。

 

 しかし、その魔術は性質上、をみたした者にしか扱えない。

 そのせいで、私はペテン師呼ばわりされて、その日暮らしも厳しい生活を送っている。

 

 しかも、この条件というのが、甘やかされて育った貴族の金持ちボンボンと特に相性が悪いのだ。

 

 「今回の子はヴィオレッド・ロシュフォールでしたね」

 

 噂だけなら聞いたことがありますね。傍若無人で性格のきついおデブちゃん。

 はあ、もう無駄オブ無駄。そんな甘ちゃんが会得できたら、お尻にヴィオレッドとタトゥーを入れて、王都のメインストリートをパンツ一丁で歩いてやりますよ。

 

「我が愛娘なら特殊な魔術だろうと片手間にマスターするだろう」


「ええ、そうね。ヴィオレッドちゃんは天才だから一瞬よ」


 ヴィオレッドはまだ10歳の幼い少女だった。魔法の勉強をしていると聞いていたので、もう少し大人だと思ってたのに。そして、親馬鹿っぷりを遺憾なく発揮する両親。


 (いるんですよね、自分の子供だからってなんでもできると考える人。こんな両親に育てられたら子供が増長するのも無理ありませんね)


 ピンク頭の少女、ヴィオレッドのふっくらとした顔を覗くと、彼女はキラキラした瞳で私を凝視していた。


「わあ、本物のウィン・ベッカーだあ!」


「え、本物?」


「ずっとあなた様にお会いしたいと思っておりましたの!」


「そ、そうですか?」


「ファンです、握手してください!」


「……ファン」


 いつのまにか私の手を握りモミモミしてくる元気溌剌な少女。


「ファンって……」


「一人で魔術を開発したなんて凄いです! 天才ですの!?」


「はあ。あなたは私を信じてくれるのですか?」


 そうなげかけると、不思議そうにヴィオレッドがこてんと首をかしげる。


「どうしてそんなあたりまえのことを聞きますの?」


「……」


「先生はよほど研鑽を積んできたのでしょう。努力家で偉いですわ!」

 

 噂ほど悪い子ではなさそうですね……あ、いやいや。上辺の態度に騙されちゃいけない。


 (どうせ今回だって誰も信じてくれない……)


 私は杖で地面を叩き、ツンと鼻をあげて、そっぽを向いた。


「無理だとは思いますけど、まぁ弟子として迎えてあげなくもないです。では、これから貴女にを伝授します」




 ◇ side ヴィオレッド



 雑木林で、緑色が綺麗な三つ編みおさげ髪のウィン先生が、身の丈もある杖を振りながら講義をする。先生はロリっぽい雰囲気の少女って感じで、ゲームの世界だけあって、うっとりするほど美形だ。


「精霊魔術とは、術者の代行者として精霊が魔術を行使してくれるというものです。精霊は魔力の化身であり、魔力は空気中に漂う自然魔力を使うので実質無限、さらには無詠唱魔術とまさに規格外の存在なんです」


「精霊さんって何でも出来て凄いんですわね」


「そう単純な話ではありません。彼らに魔力量の制限はないけど、一度に扱える魔力量は大精霊でもない限り微々たるものです」


 もちろん、わたしはこの設定をゲームで事前に知っていた。

 精霊魔術において、どれだけ多くの精霊を呼び出し、会話で適切な指示を出せるかが最も大切な部分だ。 当然、複雑で規模の大きい魔術になるほど難易度は高くなる。


 「先生は精霊さんとお喋りできるんですの?」


 ウィン先生が残念そうに首を横に振った。

 

 「精霊との会話は、自然界にある魔力を介した念話で行います。『イエスかノー』くらいなら、なんとなく聞き取れますが自然魔力は扱いが難しくて、私ではまだ無理です……そして、ここから一番大切なところです」

 

 ウィン先生は杖を地面に突いて、暗い眼差しでわたしを見下ろす。


「精霊魔術は、精霊を見たことがある人にしか使えません。そして、精霊は自分を信じる者にしか姿を見せない。人は大人になるにつれて、経験で物事を判断するようになります。見たこともない精霊を信じれるのは、素直な子供時代だけでしょう」


 わたしは笑顔で胸をとんと叩いた。


「任せて下さいですわ!」


「へぇ、そうですか。では期待しますね」


 毛先ほどの感情も籠ってない声でウィン先生が杖を掲げる。


 (全然期待してなくない!?)


 ウィン先生は隠してるつもりなんだろうけど、態度で丸分かり。どうやら感情を隠すのが苦手なタイプらしい。まあ、無理もないか。この条件のせいで彼女はヒロインが現れるまで、嘘つき呼ばわりされて悲惨な目にあっていたんだもん。でもウィン先生安心してね。貴女のその不安もきっと今日で終わりですから。


 「別に言葉にする必要はないのですが、分かりやすいので口にだしてやります。では……」


 ≪精霊よ私に姿をみせてください≫


 目を瞑り、祈るように両手で杖を持ったウィン先生がつぶやく。


 「ふう、どうやら今日は調子が良いみたいですね。私がよびだせる最大数の精霊が集まってくれました」


 なるほど、みっつ呼べたら上出来と、メモメモ。


 「精霊の存在を感じている時にだけ、自然界にあふれる魔力に干渉できます。もし見えているなら下級魔術程度なら発動できるでしょうからやってみてください……まあ、どうせ見える訳ないですけど……ボソ」


「はいですわ!」


 おお~緊張するなぁ。

 とりあえずわたしは、ふわふわと浮かんでいるちいさな光の玉を見つめた。


「あれ?」


 なぜかわたしと精霊を交互に視線で追うウィン先生。


 「え、精霊を見ている? 嘘、もしかして本当に?」


 ウィン先生がなにやら呟いているがいまは無視。集中、集中。


「まさか、ね。穢れた貴族のボンボンがそんなまさか、あーないない、期待して損しちゃいました」


 う、うるさいなあ。全然集中できないんですけど!?


 とりあえずわたしは先生の真似をしてみた。




 ≪精霊よわたしに姿をお見せになって!≫





 ———そうささやいた瞬間





 冷たいそよ風が吹いてひんやりと頬を撫でる。葉が枯れ落ちた雑木林の枝がざあざあと揺れた。無数の気配が湧き上がり、荘厳な光が視界を埋め尽くす。


「わあ、綺麗!」


「……嘘」

 

 そこには、数えるのも馬鹿らしくなるほどの精霊たちがふわふわと楽しそうに飛び交っていた。


「どうなっているの!? ありえない」


 ガクガクブルブルと足を振るわせてウィン先生が雪の上に尻もちをつく。


「え、なんで? 私だって3つが限界なのに。初めての子がそんなぁ……し、師匠としての面目は!?」


 ウィン先生の唇の端が痙攣してる。でも、ぶっちゃけこれにはからくりがあるから落ち込まないで。ウィン先生は精霊を信じる力がなにより大切と言っていたけれど、精霊魔術の可能性を一番信じているのはわたしなのだ。


 精霊の存在? んなのいるに決まってんじゃ~ん。だって、ゲームで既にプレイ済みですもの。


 彼女が精霊を見せてくれたおかげで、きっかけを掴み精霊魔術を第一歩を踏み出すことができた。だから、一番偉いのはやっぱり彼女だ。



「じゃあ早速魔術を使ってみますね!」


 初めての精霊魔術、ドキドキするなぁ。

 るんるんとワンドを振りながら、なにをしようか考える。


「まっ、待って!」


「決めましたわ! いっきますわよー精霊さん達ぃ! 特大のファイヤーボールをお願いしますわ!」


「制御もできないのに、こんな数の精霊で魔術を発動したらぁぁぁぁ!」


「え?」


「マジックシールド!」


 ウィン先生が覆いかぶさってくる。ほどほどなお胸の柔らかいに感覚につつまれる。あ、いい匂いする~と現実逃避しながら、想像の100倍にまで膨らんだ火球が雑木林に降り注ぐのを眺めた。


 その火球はわたし達を巻き込んで大爆発した。




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