煢然

Richard

アイツ

あ、淋しい。

淋しいな。どうしよう。


胸から喉の辺りにかけて、きゅっと締め付けられる様な痛みが起こる。


また、アイツが暴れたくてうずうずしている。


これの意味を私は知っています。

大抵、誰かにすごく嫉妬したり、上手くいかなかったりする時に起こるの。

結局はどんな理不尽があっても自分を恨む羽目になって、激しい嫌悪と焦燥に駆られます。


そのこみ上げてくる感情を、無理矢理に抑え込もうとすると、私の中に居るアイツが暴れ出しそうになる。


身体が張り裂ける様に痛い。

泣きそうなのを、歯を食いしばって何度も何度も吞み込んでいたが回ってきたんだ。


またつけを払わなくちゃいけない。


私が自分に正直になれるのは、夜の暗闇の中だけ。


家族もみんな寝静まった夜遅くに、ひとり布団に潜り込んで泣くんです、好きなだけアイツが暴れられるように。

あ、でも、隣で親が寝ているから、声は抑えなければいけませんけど。

特に、つけがいつもより堪っちゃった時は、声を抑えるのに必死です。

その時の私はきっと、とっても酷い顔。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった、最低に醜い顔。


だから私は暗闇が落ち着くの。誰にも見られなくていいんだから。


誰にも見られないって、とても幸せ。


ああ、そんな妄想をしていたら、夜が待ち遠しくなってきました。


今にも決壊しそうなくらい、胸が張り裂けそう。


いやだ、まだ我慢しなきゃ。私はいつも怠けて遊んでばかりなんだから、今くらい我慢しなくちゃ。


私は扉の鍵を閉めて、誰も居ない家の中でどっと倒れ込みました。


緊張が続いていた分、一気に力が抜けて、代わりに孤独感と悲愴感とが襲い掛かってきました。


――今アイツが暴れたら面倒だろうな。


でも、偶にふと不思議に思うのは、どうしてこれが"淋しい"ってわかるのに、"ひとり"が落ち着くんだろうってこと。


頼れる人が居ないの?みんなを信じられないの?


いや、そんなことはない。私の周りには、尊敬できて、優しい人がたくさん居るんだから。


…でも、信じられないのは間違っていないかも知れない。

みんな本当は私のことをどう思っているのかなって、いつも気にしていますから。

それが不安で不安で、そしてアイツが暴れるのを抑えられるように、今日もずっと肩を丸めて怯えているんです。


でも、その思い込みを何も気にしなくてよくなるから、私はひとりがいいのかな。

だからその方が楽なのかな。なんて。


私にはもう一つ、疑問があります。


さっきも言ったように、私の周りには尊敬できる凄い人がいっぱい居ます。私は到底足元にも及ばない様な人たちが。


特に尊敬できる人が居ました。しかし、その人の腕や手首を見てみると、紫や赤色の痣が無数に、横に入っていました。


その瞬間、私は息ができなくなりました。


どうして?どうして。


どうしてあなたはそんなに優秀なのに。


なぜか私の方が苦しくなってしまって、顔を覆ってしまいました。


他の人たちだってそうです。

何か上手くいかないことがあると、みんな自分を責めるんです。

そして誰に向けてでもなく謝るんです。


どうして。どうしてあなたが自分を責めるの?

どうして自分を傷つけるの?


あなたがそんなことをするなら、私はどうすればいいの?


もっと自分を罵倒しなければいけない。


もっと自分に血を噴かせなければいけない。


そういうことでしょう?


ああ、ほら、また胸が、喉が、痛くなってきました。


今日はアイツを抑え込み過ぎたせいで、頭も痛くなってしまいました。

アイツが暴れ出しちゃう前に、早くひとりにならなきゃ。


私の頭にふと、また新たに一つ疑問が浮かびました。


――どうして、痛いところはぜんぶ急所なの?


喉だって、胸だって、頭だって急所です。

どうして?

アイツがそこばっかり狙ってるの?


また、息が苦しくなってきました。自分の呼吸音が、とても耳障りです。

いったん落ち着かなきゃ。いったんひとりになって、冷静になろう。


なのに、なぜか私の足はキッチンの方に向かって行きます。


身体が言うことをきかない。


おかしいな。どうしてキッチンなんかに行きたいんだろう。


ぜんぶ、この胸の中のアイツのせいだ。

もう暴れ始めてる。胸が猛烈に痛い。


やがて私は、戸棚を開けました。

その中で妙に、一つの出刃包丁が私の眼を惹く。


気づくと私は、それを手に取っていました。

手触りが心地良く、気分が良くなる。

刃物を抱え込みながら、ゾクゾクと痙攣しました。


腰が抜けた様にへなへなと座り込み、闇にかざすように包丁を掲げてみる。

私の口はアーンと開いたままになって、胸は物欲しそうに高鳴っている。


私は、ようやく気づきました。


”アイツ”は私を傷つけたいんだ。


そうか、私は死にたいんだ。


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煢然 Richard @Richard_Windermere

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