13 見える見つける
「法月お前……、消える前の十川と何か話したか? 十川の痕跡と縁が一番新しく繋がってるぞ?」
汐梨ちゃんがいなくなったこと、綾世先輩が関わっていたりしませんよね……? じっと視線を送ると、先輩は少し考えるようにしてから肩をすくめて言った。
「あの時、ですかね……。昨日の放課後、十川さんと廊下ですれ違った時に挨拶したんですよ。今考えてみれば、少し様子がおかしかったような気もします。それこそ、何かに怯えていたような」
「……お前」
額に手をついて、布目先生は大きなため息を吐く。それってかなり重要なことだったんじゃ……。
「どうしてそんな大事な情報を黙ってた?」
「特に何も聞かれなかったからですね」
「た、……しかに聞いてないなオレ」
……確かに聞かれたのは私だけでしたけど。
さて、と切り替えて、布目先生は再び教室をぐるぐると見回し始めた。しばらくして、後ろの入り口近くで視線を止める。別に何か変わったものは見えないけど……探知系の異能者の先生がじっと見ているってことは何かあったのかもしれない。
「……おそらくだが、十川はそこにいる」
「汐梨ちゃんが、ですか?」
そこにはやっぱり何もない。強いて言うのなら、他と変わらないただのフローリングがある。木の板が綺麗に並んでいる中、木目がじっとこちらを見ているだけ。
「ああ、……オレの異能だとここまでが限界みたいだ。本当は方波見に異能を使わせたくなかったんだが……」
だからさっき止めてきたのか。布目先生は、私が痛みを負わなくては異能を使えないことを知っているから。夕方、汐梨ちゃんの異能を確認した時に私のも見たんですよね。……そういうところがあるから、「なんだかんだでかっこよくてなんだかんだで頼れる先生」だなんて呼ばれてるんですよ。
自分を心配してくれる人がいるって、こんなに嬉しいことなのか。ほんの少し口角が上がる。でも、心配しているのは何も先生だけじゃない。私だって布目先生のことが心配だ。普段目隠しで制御している異能を使っているんだから、……無理、してますよね?
「私は大丈夫ですから、布目先生はその目を休ませてください」
気づいてないとでも思いました? 先生の目は、金色の光で誤魔化し切れないくらいに充血している。休ませてください。そんな念を込めてじっと見つめていると、布目先生は降参だとポケットから目隠しを取り出した。……よかった。
——先生が突然目元を押さえて呻くまでは、それまではよかった。
「先生!?」
慌てて駆け寄ると、ちょうど、その手の隙間から何かの液体がこぼれ落ちる。鉄の匂いが鼻を掠める。……まさか、血? 綾世先輩に頼んで懐中電灯で照らしてもらうと、案の定布目先生は血の涙を流していた。
どう、すれば……。一瞬固まった空気から真っ先に脱したのは宇治先輩。落ち着き払ったまま、先生にティッシュを差し出している。……いや、案外落ち着いてないのかもしれない。メガネをくいっと上げる回数が異様に多いから。むしろ、落ち着こうとしているのかも。
「大丈夫ですか? 保健室に行った方が——」
「いや、大丈夫だ宇治」
大丈夫って……今の状態、鏡で見た後には絶対に言えないと思う。瞳が壊れかけの蛍光灯みたいにちかちかと光ったり消えたりを繰り返して、その上で血を流している。大丈夫な要素なんてどこにもない。
意味が分からないという顔を隠そうともせず、宇治先輩は冷静に突っ込んだ。
「どこが大丈夫なんですか?」
「十川を見つけるまでは帰れない」
きっとその言葉は事実で、嘘偽りなんてこれっぽっちもない。それなら、私が早く汐梨ちゃんを見つけたら、布目先生も早く診てもらえる? そうと決まれば……。
止められないように先生たちから少し離れて、左腕のトレーナーを捲る。ポケットから取り出した未使用のカッターナイフの刃をカチカチカチと出した。
「っ方波見!」
「方波見陽翠……!?」
私がやろうとしていることに気づいたのか、二人が慌てて止めようと手を伸ばしてくる。さすがに大の男性二人から押さえられたら身動きすらできなくなってしまう。だからその前に私は、——迷うことなく左腕に刃を滑らせた。
一拍遅れてやってきた痛み。それと同時に溢れてくる生暖かい血。ぐらりと脳が揺れる。あの人たちが目の前に現れる。……いや、違う。今のこれは私が望んで私のためにやっていることだ。あなたたちとは、関係ない。
ぐっと下唇を噛むと、あの二人は
ちらりと顔をあげてみると、呆気に取られたように動きを止めている布目先生と宇治先輩がいた。だけど、二人はすぐに動きを再開する。綾世先輩が足止めしてくれてるけどそれも時間の問題だ。でも、まだ少し痛みが必要だ。
今度は、さっき傷つけたところをなぞるようにカッターナイフを動かした。
「……っぅ」
じんじんと熱いけど……これくらいだったら耐えられる。まだ、足りない。もう少し、いるよね。浮かんでくる涙を血に濡れていない方の腕で拭う。
やる。やらないと。見つけるんでしょ。だからまた、同じところをもう一回。……目を瞑ってしまった。でも、他の感覚でなんとなく分かるから問題はない。小さく震える腕に気合を入れて、どくどくと溢れる血の源にカッターナイフを近づける。
「——もういいよ」
腕に刃が当たる直前、右手が暖かいものに包まれた。簡単に振り解けない強さだけど優しい手。瞼を開けると、穏やかな笑みを浮かべた綾世先輩と目が合った。
「せんぱぃ……」
「うん。陽翠ならそろそろ見えてもおかしくないんじゃない?」
……綾世先輩がそう言うのなら。これで見えなかったらまた傷をつければいいだけの話だ。すぅはぁと呼吸をして、奇跡を願って瞼を閉じる。絶対に、見つけるから。
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