第20話 「卯月先輩からのお願い事」
「ありがとうございます。連絡先まで教えて頂いて」
「突然教室にまで来て呼び出されたから、何事かと驚きましたよ」
「いきなり押しかけてしまって、すみません」
「あっ、頭を上げてください! 別に責めてるわけじゃないですから!」
たとえ先輩に非があったとしても、目上の人に頭を下げさせるなんて、何やってんだ俺!
「お優しいですね。綾瀬くんは」
「そんなことないですよ。でも、このことを他人に聞かれたくないのなら……昨日のことは、このまま誰にも話さない方がいいですよね」
「そうしていただけると助かります。できれば……その、昨日の私の振る舞いについては特に」
そりゃそうだ。
卯月先輩にだって、“生徒会長”としてのイメージがある。
お腹を空かせてうずくまってたなんて姿、誰にも知られたくないに決まってる。……まあ、知られたところで信じる人がいるかどうかは別として。
「分かりました。幸い、昨日のことは誰にも話してませんし、このまま黙っておきますね」
「ありがとうございます。そうだ、何か改めてお礼を――」
「いえいえそんな、大丈夫です。昨日もお礼を言っていただきましたし、もう十分ですよ」
「綾瀬くんは、謙虚な方なのですね。本来なら、言葉だけじゃ足りないくらいのことをあなたはしてくれたんですよ?」
「そ、そうですかね……」
そんな大袈裟な。俺にとっては、“ほっとけなかった”だけのことなんだけど。
でも、先輩みたいな可愛い人が困ってたら、その状況を悪用する大人が現れたっておかしくない。
昨日あの場に現れたのが俺たちで、よかったのかもしれない。
「あっ、そうです綾瀬くん。実は、お話がもう一つあって」
先輩が、ぽつりと付け加える。
俺は顔を上げた。
「えっと……他にも、何か?」
「はい。むしろ、こちらの方が本題というか……」
そんな風に言われると、少しだけ身構えてしまう。
「ただ、これは私からの、個人的なお願いなんです。もしかするとご迷惑をかけるかもしれないので、断っていただいても大丈夫です」
お願い……? 一体なんだろう。
でも、先輩が「助けてほしい」と言うなら、断る選択肢なんてあるわけない。
「俺に、ですか?」
「はい。綾瀬くんだからこそです。聞いて、いただけますか?」
先輩がすっと距離を詰めて、俺の目の前に立つ。
えっ、近い。近い。
本人は無意識なんだろうけど、これは距離感がバグってるレベルじゃないか……?
しかも、ふわっと香るシャンプーか何かの匂いが、やばい。
って俺、何を冷静に嗅ぎ取ってるんだ。気持ち悪いぞ俺!
「も、もちろんです! 俺にできることなら、なんでも言ってください!」
そんな瞳でじっと見つめられて、断れるわけがない。それにしても、俺だからこそというのは一体どういうことなのだろうか。
「では、改めて……」
卯月先輩が、こほんと小さく咳払いをする。
俺は息を呑んだ。
静かな教室に、先輩の声が響く。
「お願いです綾瀬くん。私に、美味しいご飯の作り方を教えてください!」
「……え?」
拍子抜けした、というより、あまりに予想外すぎて、思考が止まった。
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