第3話 少女は病める人に出会った 前編

 「はい。これが新しいC-W」

 「しーうぇぽん?」

 見た目は拳銃そのものだが、砂奈ちゃんが言うなら特殊な武器なのだろう。

 ハザードもそうだが、一気に聴き慣れない単語を叩き込まれたおかげで、いまいち自分の中に定着していない。

 「魂から放出されるエネルギーを利用した武器の名前よ。ちなみに私が名前をつけたわ」

 「魂から出るエネルギー、ねぇ。確かに怪物はいたから信じたいけど、半信半疑って感じ」

 私は自分の心臓あたりを擦ってみる。そこには女性特有のというには貧相な膨らみがあるだけだ。

 この場所に現実世界に影響を与える魂があるなんて考えられない。

「こんなのバトル物の王道設定、ジャンプでも定番でしょ」

「いや設定って言っちゃってるし……」

 しかし私は現に、C-Wを使ってハザードを倒したのだ。

 私は認識を改めなくてはならない。

 これは紛れもない現実、なのだと。

 「そもそも真理なんてものはね。時の為政者によって隠されてきた。だから世の賢人たちは、うまく世間に真理を伝えるため、エンターテイメントを利用した」

 「そういえばダヴィンチコードの考察かなんかでなんか見たことあるかも」

 「いい例えね。そう、あなたは絵を描くから宗教関連の話題には詳しいのね」

 「う、うん。まあ専門的に勉強してるわけでもないけど、西洋の絵画は宗教とは切り離せない部分あるし、あーあの絵は年代的にいつ頃の〇〇派かなって想像できる程度には、ね」

 私が知らなかっただけで、世界には隠されていた真実があるのだ。

「そして魂のエネルギーが暴走しているのがハザード、あなたが助ける相手、その状態を表す呼称ね」

 路地裏で倒した異形の怪物、あれが元は人間だったなんて信じられない。

 それも私の絵が彼らの魂に影響を与えたせいだなんて……。

 「あなたが倒したのはハザードが作った端末のようなものよ。ハザードは自分の魂から湧き出すエネルギーを別の生物に植え付けることができるの。だから実際のハザードはエネルギー総量が高く、簡単に倒せない。」

 「でも、そいつらを倒すためにこの武器があるんだよね」

 私は拳銃の中でもリボルバーと呼称される武器のシリンダーを回した。

 「そうね。前回の武器は取り回しが悪かったから、今回は小さい武器にしてみたの。どんな武器があなたに合うのか、どんな武器がハザードに対して有効なのか、まだまだ情報が足りないわけだけど」

 「それでも私はやらなきゃいけない。私がしでかしたことの責任を取るために」

 それで、と一区切りをつけて私は尋ねる。

 「砂奈ちゃん。次のターゲットはどこ?」

 私は気を引き締め、C-Wを強く握って戦う決意を改める。

 「あなたが倒さないといけないのは端末ではない。本体を見つけるには時間がかかるわ」

 「えー」

 「あんな端末一体を倒したところで張り切っても仕方ないわよ」

 「あう」

 砂奈ちゃんの情け容赦のない言葉に自分が上手く戦えたという自信が一瞬にして砕け散る。

 「まぁ、あなたならできると信じているわ」

 「砂奈ちゃああああああん!!!」

私はその言葉に感動して砂奈ちゃんを抱きしめたくなった。すぐに行動に移すところが私のいいところだ。

 「近いっ、抱きつく、なっ!!!」


 「それで、その本体はどこにいるの?」

 「ああ、それは調べがついてる。これを見て」

 砂奈ちゃんは私を引き剥がして服の襟を正し、机の上に置かれたノートPCを操作する。そこには墨田区の地図が表示されていた。

 地図上は各色に色分けされており、現在一つだけ大きな光点が明滅していた。

 「もしかして、これが」

 「そう。これが本体の場所よ。あなたが倒した端末のカラーを解析して、周囲で起きた怪事件の内容と統合、そこから居場所を割り出してみたの」

 それをさも当たり前のように話す砂奈ちゃんだが、それが女子高生の普通からはかけ離れた行為なのは間違いなかった。

 どうしてそんなことができるの?

 私にそこまでしてくれるのは世界を救うためだから?

 きっと砂奈ちゃんにも彼女なりの事情があるに違いない。 

 でも、私はそれを疑わない。

 だって私は彼女に助けられたから。

 この贖罪の機会があるのは砂奈ちゃんのおかげだから。

 今はおばあちゃんを喪った悲しみを涙で流して、ただ目の前のやるべきことに向き合うのだ。

 「じゃあ、行ってくる」

 「いってらっしゃい」




 『ダウンフォール』

 砂奈ちゃん曰く、この先の未来で起こる大災害。

 私は今回起こした事件は、被害だけで考えるならば海外の銃乱射事件に類されるようなものに違いない。

 しかし砂奈ちゃんは言う。

 私の起こした事件がきっかけで世界は崩壊に向かうのだと。

 自分のような女子高生が世界を崩壊させるきっかけになるなんて、イマイチ実感というか現実感がない。

 でもそれはドミノ倒しのように連鎖して、バタフライ効果のように世界を狂わしていくのだ。

 自分のやったことにけじめを付けるつもりが世界を救うことになっている。

 もしも神様がいるならば、どうして私にこんな運命を背負わせたのだろうか――そう聞いてみたかった。


 私はうだるような暑さの東京の街を歩いていた。

 「あちー」

 私にこの暑さの中を進ませるのは、一通のメールだ。その内容は頼んでいた画材が入荷したというお知らせだった。

 あの事件を私が起こす前に頼んでいたものだったからすっかり忘れていたが、頼んでおいて取りに行かないわけにはいかない。

 そんなわけで私はいま、この暑さの中を進んでいる。

 「うーん。この辺のはずなんだけど」

 私がいつも利用している画材屋さんは特定の場所に店を設けておらず、常に移動して露店商のように画材を売る、一風変わった人なのだった。

 私は強い日差しの中で庇をつくるようにして辺りを見回す。

 「あ、いた」

 そこには日の当たる橋の真ん中で露店を広げる男の姿があった。背丈が二メートルはあろうかという大男はその巨体をさらに大きく見せるようにして仕立ての良い服を着込み、鍔の拾い帽子を被って丸いサングラスをしていた。そこらの女性よりも髪の長い彼は、この気温の中において相当に暑さを感じているはずなのだが、当人は気温などまるで気にしていないかのように涼しげな顔で露店を営業していた。

 怪物ハンターでもやっていそうな見た目の彼に近づく。

 「どうも、画材屋さん」

 「おや、色波さんですか。今回はいつもより取りに来るのが遅かったですねぇ」

 「まあ、あはは。色々とありまして」

 まさか事件を起こしたのでと言うわけにもいかず、ここは適当に濁しておく。

 「最近は物騒ですからね。色波さんも気をつけてください。私は画材を買ってくれる常連客を逃したくないですから。ははは」

 そう言って笑う画材屋さんからスプレー缶と画材のセットを受け取る。彼が扱う画材は市販のものより優れていて、とても質がいい。

私が自分の理想を描くためには必要なものだ。

 「ここ最近は画材を買うお客さんが少ないってことですか?」

 「ええ。今は絵を描くならスマホやタブレットPCがあればいい。本気で美術に取り組む人は減った気がします。己の魂を描こうとするような若者は見ませんね」

 「は、はあ、確かに絵を描くだけならハードルは下がってますよね。最近は生成AIなんてのもありますし」

 私は魂というワードに少しドキッとしながらも近頃の話題を投げかけてみる。

 「ああ、生成AI、なんと嘆かわしい」

 興味本位で言ってみた話題に厚着の大男は突然大きく身を反らして大仰に嘆いた。大男の動きには緩急がついており、まるで劇を見ているかのようにインパクトがあった。私はそれに驚いて半歩後ずさる。

 「うわあ、ど、どうしたんですか」

 「生、成、A、I、! 色の本質を理解せずにガワを取り繕った、冒涜的な技術! まさに悪魔の発明!」

 「そ、そこまで? 画材屋さん生成AIが嫌いなのですか?」

 「嫌いも何も生理的に受け付けませんよ。あの本質を欠いた暴力的な色をみればわかるでしょう」

 「はぁ・・・本質、ですか」

 私はそこまでなのかと思いつつ、気になったことを尋ねる。

 「そうですねぇ。では色波さん。赤はどういう色か、そう問われてどう返しますか?」

 「え、うーん。そうだなぁ」

 これは簡単なようでかなり難しい問いだ。赤は基本色で三原色の一つでカラーコードは〜、これはそういった類の問いではない。

 「わかりません。目で見た、目の前にあるこれが赤色だとしか言えません」

 私の返答に画材屋さんがサングラスの下で目を光らせる。

 「そう。あなたの握る画材の赤、それが私たちの知る赤だ。しかしこれを言葉で説明するのは難しい。ましてや赤色を見たことがない人に向けて説明するとなれば、それは困難を極めることでしょう。だから自分の手で本質に触れて、理解すること。そのプロセスが何より大事なのです」

 「え、えっと?」

 「色波さんはそのままでいてくださいということです」

 「は、はぁ・・・」

 彼が身振り手振りを交えて色とは何かを語り始めたところで、数人の人が張り詰めた表情で街中を駆けていくのが見えた。

 なんだろう?


 「ひいいいいいいっ」

 「はっはっはっ、う。うわああああっ」

 「なんだよ、なんだったんだよあれは」


 明らかに彼らの様子は常軌を逸している。

 一体、なにが。

 もしかして、これは。

 私が騒動の理由にアタリを付けようとしたところで。スマホが鳴る。相手は砂奈ちゃんだ。

 「もしもし色波。病院で事件発生よ。これは色に侵された人間――ハザードが起こした色蝕災害よ」



 私は目的地に向かっていた。砂奈ちゃんがくれた地図が示す光点は、大きな施設の上に表示されたまま動かない。

 「つ、着いた」

 目の前に広がるのは白亜の構造物、飾り気のない壁面は隔たれた病棟のどれも変わることはなく、ただただその潔癖な姿を主張していた。

 そこは病院だった。

 その広大な施設に見合うだけの大きな駐車場には多くの人たちが建物から避難していて、病棟のほうに目を向けていた。

 「何があったんですか?」

 私は呆然とした眼差しで病院を見つめる人々の一人に声をかけた。

 「あ、ああ。突然のことで、私たちも何がなんだかわからないんだ。黒と青のもやが病院内に広がってね。何かの薬が撒かれて、これがテロかもしれないと避難してきたんだ。まだ中には重病の患者たちが取り残されて……」

 「そうですか」

 黒と青のモヤ。

 薬の可能性も捨てきれないが、おそらくその発生源は私のクラスメイトが起こしたものだろう。

 「お話ありがとうございます。ではっ」

 「あっちょっと、きみ」

 聞きたいことを聞いた私のことを止めてくれる善良な人を振り切って、病院の中に転がり込んだ。警察などはいまだ到着しておらず、建物の中に侵入することは容易い。しかしこの現象が薬物を用いたテロだと勘違いされているなら、今後警察ないし機動隊が駆け付けてもおかしくはない。

 早急に事態を解決する必要があるだろう。

 私はバッグの中からリボルバーを取り出して、電源の落ちた暗い病院の奥へと足を踏み入れるのだった。

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