高校3年、春
第55話
無事に進路の件が解決したことで、晴れやかに迎えることができた新学期。
三年生になって、気持ち新たに友達が増える――訳もなく。
いつもの図書室で、相変わらず放課後に本を読み漁る毎日である。
ちなみに御堂さんは、いない。
ここ数日……というか春休みが終わり、学校が始まってからずっと、どうしてか元気が無くてここにも来ない。
友達ともあまり会話が弾んでないみたいだから、心配だ。何かあったのかな。生理前?いやでも、今まで生理前だからってイライラしてたことないもんな。
一応、数十分くらいは待ってみる。けど、来なかったらひとりでいてもつまらないし寂しいから、最近は肩を落として帰ることも増えた。
「会いたいな…」
「誰に?」
廊下をトボトボ歩いていたら、何気なく落とした独り言を拾われて体が跳ねる。
驚いて振り向くと、笑顔の御堂さんが手を振っていた。
「あ……あ、いたの」
「うん。今日は図書室に寄ろうと思って。…もう帰るの?」
あなたが来ないから帰ろうとしてたんですが。
とは言えないから……どうしよう。
会えて嬉しい気持ちと、どうせならもっと早く来てほしかったという不満が同時に湧いていて、ただでさえ難しい言語化の難解さが増した。
「葉山が帰るなら、あたしも帰る」
「え……あ、え」
「たまにはクレープでも食べない?お腹すいちゃった」
ギャルはクレープでお腹が膨れるんだ。食べるものまでかわいいなんて素晴らしいな。ちくしょう。
結局、最後に勝ったのは“会えた嬉しさ”で、負けた気分で悔しさを募らせながらもおとなしく御堂さんの後をついて行った。
着いた駅前のクレープ屋さんで、彼女が選んだのは生クリームたっぷりのいちごチョコとツナサラダ。甘味も塩味も両方いくなんて強い。その細い体のどこへ消えてるのか教えてほしい。
私は夕飯が食べられなくなることを考慮に入れてドリンクだけ頼み、ひとくちだけ貰うことにした。決して乞食とかではない。
「あ。お持ち帰りで」
席もあるからその場で食べるのかなと思ったけど、まさかのお持ち帰り。
私まで連れ去られちゃうんじゃないかって余計な心配をしつつ、また歩き出した彼女の後ろをついて歩く。今の私はさながら親に連なるアヒルの子である。
どこへ食べるんだろう…?なんて、ひとつに決まってる。
「ただいまー」
「おかえり、せりちゃん。…文乃ちゃんも」
「ばぁばにクレープ買ってきた。どっちがいい?」
「ありがとう。どっちもおいしそうだね」
「じゃあ、半分こしよ」
流れるように史恵さんの家へお邪魔して、居間で三人。
……あ。甘いのとしょっぱいの両方買ったのは、史恵さんに選択肢を与えるためか。さすが御堂さん、気の効き方が高校生レベルを遥かに凌駕している。食べ終わり間近にようやく気が付いた私は凡人以下です。
「…あのさ」
クレープも胃に収まった頃、御堂さんが薄い唇を震わせた。
「あたし、やっぱり進学は諦めようと思うんだよね」
きっと彼女のことだから、考えに考え抜いての結論なんだろうと、史恵さんも私も察していた。その上で、諦めの強い声色を重く捉えた。
淡いピンク色した包み紙を指先で弄んで、視線を落としたまま乾いた笑みを浮かべた御堂さんは、「ごめん」と小さく謝った。
何に対する謝罪なのか、私には分からなかった。
「紗耶香に、何か言われた?」
史恵さんは思い当たる節があるのか、険しく眉間にシワを寄せた。
首を浅く振って否定した御堂さんだったけど、不安感が残る儚い笑顔で、次の言葉を固唾を飲んで見守る。
「ママのこと、捨てられないって……あたしが勝手に思っただけ」
“捨てる”…?
自分の知る世界の外、予想外に暗い単語が飛び出してきて姿勢を正した。なんとなく、生半可な覚悟で聞いちゃいけない気がして。
というか、私ここにいていいの?そんな大事な話、赤の他人である私にしちゃっていいんですか、御堂さん。
居心地の悪さを自ら生み出して落ち着きを失くした心で、史恵さんと御堂さんを交互に見る。ふたりとも曇った表情で俯いていて、私の視線なんか気に留める余裕もないようだった。
「せりちゃんは、本当にそれでいいの」
「うん」
あ。嘘だ。
悲しい顔をした史恵さんは、気付いてない。
御堂さんは今、明らかに嘘をついた。
なんで分かるのか聞かれても、分からない。直感的に降ってきた“勘”を信じた結果でしかない。
短い付き合いだけど、分かる。御堂さんが嘘をついていることも、たとえ嘘でも本当でも孫を愛してやまない史恵さんは、相手の意思を尊重して引き止めはしないことも。
だとしたら……このままじゃ、夢を諦めて終わってしまう。
誰よりも幸せになってほしい人が、私の知らない誰かのために、自らを犠牲にしてしまう。
思い出せ、私。
誰かひとりの犠牲の上に成り立つ幸せなんて、幸せじゃない。父が私のために、そう言ってくれてたじゃないか。
動け、私。
私がここにいる意味を、御堂さんがわざわざ私をここに連れてきた意味を、考えるんだ。
大切な人のために何ができるか、絞り出せ。
「御堂さん」
華奢な腕を掴んで、立ち上がる。
きっと彼女が本当に求めてるのは、話を聞いて頷くだけの聞き手じゃない。
自分の背中を押してくれる、誰かの手だ。
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