第43話










 苦節17年、誰からも興味を持たれず生きてきた私にも、ようやくモテ期が訪れた。


「かわいいね〜、ほらほらお食べ」

「こっちもあるよ」

「チョコ羊羹はお好き?」


 四方八方から聞こえる褒め言葉と、たまに頭を撫でてもらえる感触に、自然と口角はにこにこ上がった。


 黙っていても可愛がられるなんて、人生でしたこともない経験すぎて照れる。が、とてつもなく満たされてもいた。私は今、幸せの絶頂期を迎えている。


 あまり得意じゃない和菓子たちも、不思議と美味しく感じる。あんこの甘さがこんなにも幸福を運んでくれるなんて、誰が想像していただろうか。


 私の周りを囲むのは、三人の老婆。――史恵さんのご友人らしい。


 今日はバレンタインだから、日頃お世話になっている史恵さんにお礼も兼ねてちょっとしたお茶菓子を渡そうと放課後、御堂さんと一緒に立ち寄ったところ、


「あら〜、かわいい子」

「おいでおいで」

「熱いお茶はお好き?」


 お茶会で集まっていた三人にひと目で気に入られて、手厚いおもてなしを受けることに。


 ただ座って物を口へ放り込むだけでかわいいと褒められる。こんなにもチヤホヤされるなんて初めてだ。うれしい。


「ごめんね、文乃ちゃん。みんな孫に飢えてて…」

「いえいえ…」


 史恵さんだけは通常通り、穏やかな気遣いをくれる。そのおかげでまた、心のバランスが整う。


 人からの好意に猜疑的な私も、不思議とご老人からの好意には素直になれた。彼女たちには、お世辞や嘘を感じない何かがある。


 だから心の思うままに口を結んだ笑顔で甘味をもぐもぐしていたら、邪魔しないようにか御堂さんは自室へ引っ込んでしまった。…後で話しかけに行こう。


 それよりも今は、貴重な体験を全身で楽しまなければ。


「文乃ちゃんは、もう高校生なの」

「は、はい」

「あら〜、かわいい。かわいいね」


 高校生というだけで、この褒められよう。これが俗に言うJKブランド…!


 仮に幼稚園生だったらどうなっちゃうの?もう呼吸しただけで褒めちぎられちゃうんじゃないの?すごい。すごいよ、こんな世界があるなんて。まだまだ世の中、捨てたもんじゃないな。


「うちの孫も、同じ年くらいだね」

「あ。お孫さんが…」

「そうだよ〜。将来、私の面倒を見るって言うんで、今は介護の学校に行ってるね」

「介護の学校…」

「そんなこといいから、自分の好きなように生きなさいって言ってるんだけどねぇ……聞かなくてねぇ」


 何気ない会話の中で、私は今後の人生に関わる重要なヒントを得た。


 話題は余生をどう過ごすかに変わり、それぞれが残していく家族のことを気にかけ、思い馳せているようだった。円満な家庭というのは、自分の想像以上に多いことも知る。


「それじゃ、そろそろ…」

「ボケる前に帰りますかね」

「なに言ってんだ、あんたはもうボケてるよ」


 笑っていいのか微妙なボケを最後に交わして、私に束の間の夢を与えてくれた素敵なマダム達は帰っていった。


 耳に優しい騒がしさが去った縁側で、史恵さんとふたり。


 淹れてもらったお茶をすすりながら、ふと。


 ――史恵さんの面倒は、誰が見るんだろう?


 のんびりとした横顔を見て、些細な疑問が湧いた。


「……史恵さんは、ひとり暮らし…?」

「そうだね。…お父さんは、早くにお別れしたからね」

「その、御堂さんのお母さん……娘さんとは」

「一度、縁が切れてるね。…せりちゃんのおかげで、かろうじてまた繋がったけど」


 話しぶりから、御堂さんのお母さんとはあまり仲がいいわけじゃなさそう。


 だとしたら、現実的に考えて史恵さんが何かあった時、今よりももっと年を取って不自由さが増した時、面倒を見られるのは御堂さんだけ。


 御堂さんの進路にもよるだろうけど、いずれにしても学校に通いながらとか、働きながら介護していくのは大変そう。


 ……私にも、できることはないかな。


 出会ってからというもの、ふたりにはお世話になりっぱなしだ。本当に、感謝をしてもしても足りないほどの経験と素敵な時間、居心地のいい空間をたくさん貰った。


 少しでも、役に立てるなら立ちたい。


「史恵さん」

「うん。どうしたの」

「私……進路決まった」


 史恵さんの方を向くと、相手も湯呑みを膝の上で支え持った状態で、こちらを向いた。


「介護の学校に行く」


 まだ知識も何もない。そういう存在がある、くらいの認識しかないけど、確かに意思は固まっていた。


 真っ直ぐに見つめた先で、背中を押してくれるみたいに、穏やかな笑顔が小さく頷いてくれた。それだけで、体の内からやる気がみなぎり溢れてくる。


 さっそく進路が決まったことを、勢いに任せて御堂さんにも伝えようと、立ち上がって縁側の奥へと進んだ。


 彼女の部屋は短い階段を上がった先にある屋根裏部屋のように狭い一室で、ノックもなしに戸を開けたら、布団の上でくつろいでいた御堂さんの肩がビクリと上がる。


「な、なに。ノックしてよ」

「あ……ご、ごめんなさい」

「いーよ。どうしたの?そんな急いで」


 こっちおいで、とぽんぽん叩かれた毛布の上へ正座して、さっそく。


「私、史恵さんの介護したい」

「え…」

「だから、介護の学校に行きます」


 私にしては珍しく、詰まることもなく報告できた。


 きっと御堂さんなら応援してくれると、盲目に信じてたから。


 だけど、現実はそう甘くなかった。


「そ……んな。いいのに、そこまでしなくて」


 第一声は嬉しそうな声とは程遠い、困惑と迷惑を含ませたもので、感情は彷徨う。


 もしかして、迷惑だった?やりすぎた、かな。


 途端に不安が心を覆い尽くして、お互い無言の気まずい空気から逃げるように、部屋を飛び出した。史恵さんに挨拶もせず、そのまま外へ出る。


 御堂さんとの距離が、広がった気がした。

 

 








 

 



 

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