高校2年、冬

第33話









『あけおめ』


 深夜に、一言。


 御堂さんから、メッセージが来ていた。


「……なぜ」


 今になって、急に?


 修学旅行での一件以降、まるで音沙汰がなかったというのに。


 学校でも関わらなくなって、図書室で開かれていた密会も無くなり、完全に繋がりが無くなってたからてっきり忘れ去られてるのかとばかり思ってた。


 ――返すべき?


 いやいや。今さら返事したところでなんになるんだ。血迷うな、私。


『ことよろ』


 既読がついたのを確認しての連投か、それともはじめから送ろうとしていたのか。次に送られてきたメッセージも簡潔なもので、真意は不明だ。


「ことよろ…」


 って、なんだ。


 知らない単語だったから調べたら、“今年もよろしくお願いします”の意味らしい。しかもけっこう前から世間には広まっていて、もはや一般的に使用されるものなんだとか。


 外界との外交を遮断、もはや鎖国してた身の私はお恥ずかしながら高校二年の冬になって初めて見聞きしました。はずかし。


「今年も、よろしく…」


 つまりは、どういうこと?


 新年を迎えたし、心機一転これまでのこと全部チャラにして仲直りしようぜという裏メッセージが込められてる?


 まぁ、ぶっちゃけた話……それもあり。


 あの喧嘩と呼称していいのかさえ危うい言葉足らずもいいとこな喧嘩から、1ヶ月ちょい。…いや、もう二ヶ月経ったか。


 私のメンタルは今、とても穏やかである。


 それはそれは晴れ渡る夏凪の季節、そよぐ海風にも動じない水面、緩やかな波音くらいの安穏を取り戻している。


 正直、選ばれなかったとかどうだっていい。


 というか、冷静になって考えたら私みたいな腐れ陰キャ無口女がキャピキャピ一軍ギャル軍団に勝てるわけもないのだ。…キャピキャピって死語?


 私は何で怒ってたのか、何がそんなに気に食わなかったのか、時間経過が怒りの感情ごと連れ去って憎しみも薄れつつある。や、ごめん。もう無い。


 なんならここまで放置されて、寂しくて泣いちゃうまである。


 だって御堂さんと接する機会が減った途端、学校では酸素と同じくらいの自然現象で誰とも会話を交わさないし、家に居ても他人か?他人なのかお前らは?と疑ってしまうレベルで対話がない。


 息を吸って吐くが如く、ぼっちである。


 離れて痛感する、優しさに包まれていたあの日々。たとえ言葉を交わさずとも察して動いてくれていた御堂さんのありがたみ、史恵さんが与えてくれる温もりへの恋しさ。


『葉山』


 どれだけ時を重ねても、鮮明に思い出せる。


 さっぱりとした中に甘さのある声と、長いまつ毛が下がって柔らかな印象で細まる瞳。頬にかかる金色の髪。


 彼女が名前を呼んでくれる瞬間、自分はこの世界に存在するんだと安心できた。他の人といる時は違くても、少なくともふたりで過ごしている時だけは御堂さんの視界を占領できる喜びもあった。


 本音を言えば、視界だけでなく全てを――


「って。違う違う」


 身の丈に合わない願いを抱くのは良くない。


 でも……うん。


 もう、意地を張るのはやめよう。


 せめて、そばにいるくらいは許してほしい。この先、何があっても友達でいたい。他の友達なんていらない。二番でも三番でも四番でも、何番だっていい。


 御堂さんとの繋がりを、消したくない。


「よ、よし」


 ただでさえ言語化できない人間なのに、こんなの恥ずかしくて余計に無理だから、メッセージで送ろう。そうすれば、対面で話すより本心を伝えられるはず。


「えー……っと」


 まずは、何から送るべき?


『あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします』――削除。


 堅い…?堅すぎるか。こっちも“あけおめことよろ”にして、フランクな感じを出した方が良い?どんなテンション感で行ったら良いんだ。正解が分からん。


 まさか、メッセージのやり取りでもコミュ症を発揮してしまうなんて。


 こんな時に相談できる、頼れる相手もいないし――あ。そうだ。


「ち、父」

「おぉ。なんだ、文乃」


 緊張しすぎて普段と違った呼び方をしたことも気にせず、年末年始の休暇でのんびりくつろいでいた父はわざわざリビングのソファから立ち上がってそばまで来てくれた。


「お母さん達は?」

「あぁ……初詣に行ったよ。その帰りに福袋買ってきてくれるって。…それで、どうした?」


 よしよし。嫌味な母と弟がいない今がチャンス。あいつらがいたら何言われるか分からないからな…。


「その、お父さん」

「うん。なんだ?お小遣い欲しいのか?」

「あ。それも欲しいんだけど……ちがくて、あの」

「いくら欲しいんだ?お父さん財布持ってくるよ」

「う、うん」


 おっと。思わぬ臨時収入。ラッキー。


 ……じゃなくて。


 早くしないとふたりが帰ってきちゃう。お金は貰うけども。


 一度リビングを出て行って、戻ってきた時には握られていた数千円を受け取り、雑にポケットへしまう。ありがとうございます…っと。


「で、なんだ」

「あの……気になってる人への、連絡の送り方っていうか」

「……気になってる人?」


 相談するだけなのに緊張して顔を熱くしながら聞いた私に、父の口の端がピクリと動いた。


「そ、そう。もっと仲良くなりたくて……っていうか、喧嘩しちゃって、仲直りしたいというか」

「……その子のこと、好きなのか?」

「まぁ…」


 好きと言われれば…?


 嫌いではないしな、と素直に頷けば珍しく眉間に濃くシワを寄せた父が冷たく言い放った。

 

「知らん」

「え?」

「すまん、自分でなんとかしてくれ。お父さん聞きたくない」

「えぇ…」


 あれ。情けないけどなんだかんだ頼りになるはずの父は何処へ…?


 話を聞く前にソファへどすんと腰を下ろし、新聞紙ガードをかましてきた父にぽかんとした後で、肩を落として自室にこもった。


 悩みは解決されず、スマホを前に悶々と唸った結果。


「ま、まずは一旦…」


 新年の挨拶からだ。

 


 






 

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