第32話
胸が灼けるような喪失感のせいで、食事も喉を通らない。
謝れば許してもらえると軽く考えていた自分が浅はかだった。葉山は、あたしの脳が生む憶測なんかじゃ到底足りないほど傷付いてたんだ。
かれこれ一週間、枕を濡らし続けている。
葉山と仲直りできなかったことが、今後もう関われないという事実が全神経を刺してきて、いっそのことこの痛みで死ねたらいいのにと思考はゆらりと濁っていく。
掴もうとして、指の間をすり抜けていく感覚が呼び覚まされると、怖くて仕方ない。
触れられないほど遠くに行ってしまったことが、憎い。
はじめは自分を責めるばかりだったのが次第に、心を守ろうとした本能の影響なのか、気が付けば後悔は懺悔に、懺悔は嫉恨に変わっていた。
「なんで何も言ってくれないの…」
あたしのこと、そんなに嫌い?どうでもいいのかな。
言葉にしないと伝わらないのに……言葉にする価値もないくらい、あたしとの関係なんて必要ないってこと?
友達だと思ってたのもこっちだけで、向こうは簡単に「友達じゃない」って言うし、それなら最初から仲良くする素振りも見せてほしくなかった。
確かにあたしも悪かったけど、葉山だって悪くない?言いたいことあんなら全部言ってくれればいいのに言わないで、そういうことされると察する方も疲れるんだけど。
あーあ。もういいや。
変に顔色伺って、話題も自分ばっか出して、必死こいてバカみたい。
これからあんな面倒くさいことしなくて済むって考えたら、清々する。今までずっとだるかったんだよね。いちいち察しないといけないの疲れてたし。
仲直りしたいって後から言ってきても、今度はあたしが許さないもんね。
別に、あたしだって仲直りなんてしたくなかったし。さすがに悪いと思ったから、下手に出てあげてただけだし!
あんなやつ、もう知らない。
自分を正当化して、相手を悪者にして強がることで、なんとか心を保つ。そうしないと、今にも砕け落ちそうだった。
「そう……仲直りできなかったの」
「うん。でも、いいの。最初から合わないって思ってたし」
事情を知る祖母には、心配をかけたくない思いもあって特に、なんでもないような態度を見せた。
「せりちゃん……無理してない?」
「するわけないじゃん、大丈夫だよ。葉山と縁が切れたくらいで、他にも友達はたくさんいるし」
「でも、文乃ちゃんは文乃ちゃんしかいないよ」
「そう、だけど」
「代わりはいないんだよ」
普段ならありがたい、核心を突く祖母の言葉は、今のあたしにとっては毒針にしかならない。
――そんなの、分かってるよ。
分かってるけど、でも……葉山が仲直りしてくれないんだもん。どんなに望んでも、一方的で終わっちゃうんだもん。相手はあたしのこと嫌いなんだもん。
それなのに、これ以上どうすればいいの…?
悔しさと寂しさの毒がじわじわと心を蝕んで、涙の粒となって滴る。
「ばぁば……あたし、また葉山と仲良くなれるかな…?」
「うん。なれるよ」
でも、それには時間が必要だと、祖母は静かに教えてくれた。
あたしは焦りすぎてたのかもしれない。
失いたくないあまり、自分の意見ばかり押し付けすぎた。葉山の答えを、もっとゆっくり待ってあげればよかった。
口下手で、何かを発言するのひとつ怯えて、思いを伝えるのに相当な勇気を必要とする人だって、他でもないあたしが誰よりも知ってたのに。
「はぁ……なんで葉山のことになると、冷静になれないんだろ」
「それくらい、せりちゃんにとって大切な人なんだね」
「うん。…確かに」
思い返せば、友達と仲違いして離れていったことなんか、何回もある。だけど、ここまで心が荒れたことはない。
平和主義でめんどくさがりなあたしが、あんなにも必死で説得したこともない。引き止めたことも。
我慢の限界を迎えたらそっと離れて終わる。そうやって終わらせてきた。容易く他人を切り捨てて、平穏を保っていた。
なのに、全てがめちゃくちゃだ。
たった数日でダイエットもしてないのに体重は落ちたし、連絡が来ることなんてないって分かってるはずの頭でスマホを何回も確認しちゃうし、夜になると涙が止まらないくらいしんどいし……葉山がいないだけで、こんなにも乱される。
初めてなのかもしれない。
本当の意味で友達になりたくて、本心から“かわいい”とか“好き”って思えたのは、葉山が初めてかも。
少なくとも人として好意を持ってるのは確実で、だからこそ仲直りしたくて、でもできなくて、拗れて――あたしっていつから、こんなややこしい人間になっちゃったかな。
「これから、どうしよ…」
宙ぶらりんな気持ちで呆然と呟いたら、
「待ってみるのも、たまにはいいよ」
さり気ないアドバイスを貰えた。
それなら待つかぁ……と、おとなしくすることに決めたのが秋の終わり。
その日から数ヶ月。
あたし達の関係は何も変わらないまま。
季節は、冬の休みに入った。
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