第25話









 御堂さんに部屋割りの相手として誘われた時、深い喜びに包まれた。


 誰と当たってもお互い地獄は確定で、だからこそ自分から声を掛けることもなく、人が寄り付くこともなかった。…それはいつもか。


 人気者の彼女と同室なんて時を待たずして埋まるだろうに、まさか自分を選んでもらえるなんて夢にも思ってなくて。


 その上、なんでも言うことを聞いてくれる特典付き。乗らない手は無い。こちらこそお願いしますと全力で頭を下げたいくらいだった。

 

 欲を言えば修学旅行中、できることならぼっちを避けて御堂さん頼りに行動してみたかったけど、図々しくて迷惑かなと臆病になって最終日だけは一緒にいてもらうことにした。


 快く……ではなかったものの約束してくれたから、今から楽しみだ。


 栞のお礼とお土産ついでに、何か買って渡そうかな。


 学校の行事で心踊るなんて久しぶりで、同じような気分になったのは遥か昔。私がまだ純粋すぎるほど幼かった頃、小学校の遠足以来だ。……高学年以降は無視が続いて良い思い出が無いけども。


「え〜!なんで?」

「は?芹那まじで言ってんの」

「うちらの誰かと同室になろうよ」

「あー……ほら。決まんないと困るじゃん?」


 部屋割りを決める授業ではひと悶着ありそうな予感がしてたけど、御堂さんが上手に場を和ませてくれていた。おかげで、話し合いは平穏無事に終わった。


 いよいよ出発当日。


「文乃、忘れ物は確認したか?」

「うん」

「ごめんな、送迎が父さんで」

「……いいよ」

「あ。お金、足りるか?心配だから持っておきなさい」


 集合場所の空港まで車で送ってくれた父は最後、降りる時に万札を数枚、こそこそと渡してくれた。今回は長らく家を空けるからか大盤振る舞いだ。ラッキー。


 朝早くに起きて送ってくれた父にお土産を買うと約束して、みんなが集う場所まで足を進めた。


 特に誰かと話すこともないまま飛行機に乗り込んで、数時間。


「やっと着いた〜…!」

「空きれいだったねー!」

「けっこう疲れた…」


 と、思い思い感想を伝え合いながら降りていく人達を見送って、最後の方に私もようやく沖縄の地に降り立った。


 初日は平和学習とやらで各地を巡って、夕方には宿泊予定のホテルへ向かった。ここまで、悲しいことに私は誰とも言葉を交わしていない。


 声を出してない時間が長すぎて声帯が機能しなくなってるんじゃないか。バカげた心配をするほどぼっちを極めている。あれ、目から海水が……まだ海に入ってないのにおかしいな。


 ホテルに着いてからは点呼やマナー指導、全員にプリントとカードキー式の鍵が配布されて、短い自由時間を与えられる。多くが、着替えと確認を目的に部屋にこもる選択をしていた。


 私も周囲に溶け込むため、エレベーターへ向かってぞろぞろ動く大群に歩幅を合わせて移動した。


「……あ。きたきた、葉山!」


 どうやら先に到着していたらしく、扉を開けてすぐ見えた御堂さんの明るい笑顔に、抱えていた憂鬱がいくばくか癒やされた。


 私の姿を見るやいなや駆け寄ってきた彼女は、よほど気分が舞い上がっていたのか首の後ろに手を回して抱きついてくる。


「待ってた」


 曇天を切り裂くように、陽光が射した気分だった。


 体を離し、おどけた口調で照れ笑った御堂さんから視線を外せなくて、相手も小首を傾げて見つめ返してくる。


 誰かの視界に自分が映ってることが、こんなにも――


「えっ!葉山?」

 

 あぁ……私、今日一日ずっと寂しかったんだ。


 ひとりに慣れすぎて麻痺していた感覚を、良くも悪くも呼び起こしてしまった。


 突然、なんの脈絡もなく号泣しはじめた私に御堂さんは慌てふためいて、ティッシュやらハンカチやらで顔を拭いてくれる。その優しさにまた泣けてきた。


「どうしたの、なになに。誰かになんかされた?泣かないで〜…大丈夫だよ」

 

 頭ごと包み込んで、よしよしと忙しなく髪を撫でる心地よさに穏やかさを感じながらも、涙はとめどなく溢れた。


 御堂さんは嫌な顔ひとつせず、自然と枯れるまで慰め続けてくれていた。


「落ち着いた?」

「……ん」

「よかった。もう〜、いきなり泣くからびっくりした。何があったの?」


 理由なんてないから、首を横に振る。


「あたしに会えて嬉しすぎたとか?」


 きっと本人は冗談のつもりで言ったんだろうけど、図星すぎてもう一周回りきって羞恥心を無くしていた私は、今度は首を縦に動かした。


 そしたら、一瞬大きく瞳が開いた後で、眉尻と共に瞼が下がったのが見えた。


「かわいい……葉山」


 伸ばされた手が頬を包み込んで、掛けられた体重に抵抗する暇もなく背中がベッドシーツに沈む。


 柔らかく、赤い熱さを灯した唇が私の唇を挟み込んで、弱く吸いついた。


 もう二度とキスはしない、させないと警戒していた心はすっかり絆されて、涙の余韻で思考が鈍くなっていたのも相まって素直に受け入れてしまった。


 浅く離れては、深く重なる。


 何度か繰り返してから、不意にちらりと現れた舌先が、舐めるように下唇をなぞりあげた。


「…っ!?」


 み、御堂さん、それはさすがに……!


 自分の知識や想像を難なく超えることをされて、驚きと戸惑いから思いきり相手の肩を押す。


 後ろへごろんと倒れ込み、まだ状況を理解できてなさそうな、ぽかんとした御堂さんを置いて部屋を飛び出した。


 あれ以上は、まずい。


「あ、危うく…」


 犯されるところだった。


 ひとしきり走って逃げ出したところで足を止め、自分で自分の胸ぐらを掴む。


 荒れた呼吸を整えても、心臓はなかなか元の穏やかな心拍には戻ってくれなかった。 


 




 


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