夜行
水野葉月
夜行
第一章
目が覚めた。
外を見ると太陽が空を濃いオレンジに染めながら沈んでいく。
まだ寝ていてもいい時間ではあるがそろそろ動き出さないと二度寝が怖いので、大人しく重い腰を上げる。
窓から下を見ると外はまだ静かで誰もいない。
時計の針は午後五時半を指し、外出解除までは一時間半ある。
今日も仕事か、私は憂鬱という足枷を引き摺りながら窓から離れる。
シャワーでも浴びよう。
日本が昼主体の生活から夜主体の生活へと移行して十六年、もう慣れてしまったがかつての生活をたまに思い出すと少し切ない気分になる。
地球温暖化による気温上昇、異常気象が年を追うごとにあからさまに悪化しそれを危惧した政府は「夜制度」の導入を決定した。
既にその時点で「夜制度」は温度変化が激しい地域で取り入れられており日本もそれに倣った形になる。
この制度は単純に夜の方がまだ涼しいからという理由で取り入れられたもので、四月〜十月の期間は今まで昼に営んでいた生活を夜に行うというものだ。
対して冬期にあたる十一月から三月は夜制度の始まる二年程前に技術が確立されたコールドスリープで冬将軍を耐え凌ぐスタイルになっている。いや順序的に言えばむしろ逆でコールドスリープが可能になったからこそ夜制度が始まったと言えよう。私個人としてはずっと寝ていても構わないのだがどうやら技術的に一年以上のコールドスリープは不可能らしく冬の期間のみの使用に留められている。
皆は冬眠という愛称で面白がっているがかつて人が下のカーストに敷いてきた動物達と同じ生活をしているというのはなんとも皮肉な話だと思うのは私だけだろうか。
なぜ日本が、地球がこの様になったのか理由は先述した通りだが敢えてもう一度言いたい。何十年も前から危惧されてきた地球温暖化に過去の人類が自己満足の目標ばかり掲げろくに何もしてこなかったツケが我々の代に回ってきたのだ。
日中にあたる午前七時から午後七時の外出は基本的に出来ず、残りの十二時間で仕事をしたり呑みに行ったり、遊びに行ったりとまさに昼夜逆転の言葉の意味が昔とは百八十度ひっくり返ってしまった生活を国全体でしているという事になる。
気付けば私ももう人生の半分を夜と共に過ごして来た。
夜制度が始まってしばらくの間は夕方に目を覚まし真夜中に学校や仕事に行き、朝に家に帰るという生活に強い違和感を感じたが今となってはむしろ朝日や夕日を見るとその眩しさ故に煩わしくさえ思う事が増えた。
少し長いシャワーから上がると私は冷蔵庫に向かい昨日の残りの割引の惣菜と炊飯器の中で硬く縮こまっている米で朝飯にする。
未だに朝食と言ってしまうが本来は夕飯と言うべきなのだろうかと些細な事を考えながらそそくさと飯を終え、私はベランダに出て一服することにする。
流石に午後六時半にもなれば暑さは落ち着くがそれでも外は今日も四十度前後あり冷蔵庫並みに冷やされた部屋から出るとジメジメした熱風が一斉に私の活力を奪い取ろうと包み込んでくるのが鬱陶しく感じる。
ベランダの手摺にもたれ掛かり口に加えた煙草に火をつける。
できる事なら室内で吸えればと思うが以前大家さんにこっぴどく叱られ次やったら強制退去させると脅迫を受けているのでそれは叶わず熱風を浴びながら私は残り一センチ程になるまで吸い火を揉み消す。
ベランダから下を覗くとチラホラと人が出てくるのが見えた。もうそんな時間か、と独り言をベランダに残し私は仕事の準備の為部屋に戻る。
いくら生活様式が変わっても着るものは相変わらず暑苦しいスーツというのもおかしな話だ。
着替えが終わると私は玄関に向かい、最後に革靴の紐を締める。
仕事に行こう。
第二章
汗を滲ませながら駅に着くと通常ならホームにまだ余裕があるくらいの人出が改札外まで溢れかえっていて、駅前には緊急車両が乱雑に停められている。
人の山を掻い潜りながらなんとかホームまで辿り着くと、一人の男が奇声を振り撒きながら暴れ回っている。
それを警察と野次が囲み、少し外れには何人か血を流し倒れている人も見受けられる。
暴れ回っている人は恐らく夜行性症候群の患者だろう。
低い背、白い肌、痩せた体つきを見ればわかる。
夜制度が始まる前から危惧されていた事だったが昼の生活を知らない世代は何か異常を来すのでは、という思惑通り夜行性症候群と呼ばれる病気が見られるようになり始めたのはここ数年の事だ。
症状は主に発育面で見られ、陽の光を浴びていない為ビタミンDが不足し骨は脆く背は低く痩せ型で肌も白い。
しかしそれよりも深刻なのは精神面の方で、普段は問題なく生活しているが激しい感情の昂りなどの外的要因が加わると精神異常を起こして凶暴化し突然人を襲い、齧るといった突飛な症状が見られる。
精神異常を引き起こすトリガーは具体的に解明されておらず、唯一分かっているのは満月の夜の前後二日程に精神異常を来す事象が多いという事だ。
とはいえ全国の患者を隔離するには患者数が多すぎるので患者は意思表示のタグを身につけ普通の暮らしをしている。
夜行性症候群の患者は何故か日本に多く別名丑三つ病とも呼ばれ、海外ではそのままthree cattleや狼男の様な症状からwerewolfという名が付いている。
この惨事では電車も止まっている為、会社に遅れると連絡をすませる。
私はもともと不真面目な方なので長い行列を並んでまでタクシーやバスには乗りたくない。
私は喫茶店を探すため改札を出た。
第三章
駅向かいのビル五階にある喫茶店に入り私は窓際の席につき水を運んできたバイトに注文をする。
今となっては機械が作り機械が接客するなんとも無機質なコーヒーショップが増えたが、ごく稀に昔ながらの人間臭さを残した私好みの喫茶店が残っている。
この店がまさにそれだ。
喫茶店からは駅とそのコンコースが見え、案の定タクシーとバス乗り場には真面目に会社に向かわんとする人々が長い行列を作っている。
この光景は今も昔も変わらないが、未来には残り続けるのだろうか。
やる気のないバイトが私のテーブルにシナモントーストとコーヒーを持ってきた。
バイトが気だるげに歩いていった後私はトーストにかぶりつく。
バターが溶けたパンにシナモンが程よく顔を出し美味しい。このままコーヒーを流し込みたいが猫舌なのでそれは叶わず、ひたすらトーストを食べる。
先程の患者は捕まったらしく、外からサイレンが聞こえる。凶暴になるとはいえ元々体は貧弱なので大きな騒ぎになる事はまず無いがそれでも被害は大きい。
そしてこういった事案が増えてきてからは夜行性症候群の患者は差別される傾向にあり生活圏を隔離するべきだ、などという暴論を唱える人も決して少なくは無い数いる。
だが忘れないでいたいと思うのは夜行性症候群の患者も皆過去からの人々が成してきた業の被害者という事だ。
冷め始めたコーヒーを飲み干し、レジに寄り掛かりボーッとしているバイト君に会計五千円ぴったり払い店を出ようとすると去り際にこの後雨降るらしいっすよ、と教えてくれる。
店を出て空を見るとさっきまでいなかった雲が町を照らす満月を隠そうと集まってきている。確かに一雨来そうだ。
時間は午後九時前、会社へは十分弱電車に揺られれば着く。
駅のコンコースには運行情報をチェックしていないのかまだタクシー待ちの列ができている。
ここまで来ると彼らは真面目なのかそれとも僕より不真面目なのか、どっちだろうか。
改札を通りホームに降りると先程の騒ぎで残った血痕がチラホラと見える。
それを踏まないように気を付けながら電車を待ち、およそ十分遅れでホームに入ってきた電車に乗り込み車窓を眺めながら会社へ向かう。
さっきは何とか見えていた月は雲の中に引っ込んでしまいもうすっかり真っ暗な外で光るのは無数のビルの窓から漏れる照明ばかりだ。
こうして眺めている分には至極平和な様相を保っているように見えるが、治安は決していいとは言えない。
理由はいたって簡単で単純に夜の影は犯罪を行うハードルを下げ、そして見つかりにくい。
夜制度が始まってからというもの日本の国力は落ち続ける一方で各地にスラムも出来ている始末。
この電車が次にとまる駅、つまり私の会社の最寄り駅も治安が悪い街として有名で十分毎に何かしらの緊急車両がサイレンを喧ましく鳴らしながら街を何やら忙しそうに走り回っている街だ。
踏切を過ぎ電車の速度が落ち始めた、そろそろ駅に着く。
第四章
改札を出て街に出ると雨が少し頬をうち始めた。
会社へは駅を出て右の方に伸びる商店街を通り過ぎ今は潰れた煙草屋の角を曲がれば会社に着く。
土砂降りの気配がするので歩みを早めて進んでいると前方に人だかりができている。
喧嘩かと思いながら歩いていると煙草屋の破けたビニール屋根の下で弾き語りの少年がアコギの音色に乗せ歌を歌っていた。
彼も夜行性症候群だろうか、肌は白くヒョロヒョロで一体その身のどこからそんな声量が出せるのか不思議なくらい通る声が印象的な青年だ。
まだこの街にもこんな青年がいたのかと感嘆しながら通り過ぎ角を曲がって会社のあるビルに入る
エレベーターで六階まで上がり、通路の一番奥のドアへ向かう。ここが私の勤める会社だ。
ドアを開け挨拶と遅れたことへの謝罪を何回か繰り返した後ようやく私の席に辿り着く。
外からは雨の音が聞こえはじめた。
ギリギリセーフで雨に濡れずに済んだがこのままだと土砂降りになりそうで少し外の青年が気掛かりだ。
まぁ早々に切り上げているだろうと思い特に気にする事なく仕事を始める。
私が勤める会社はこのストレス社会を生きる人々へアロマキャンドルやお香、ドライフラワーといったささやかな癒しを届ける会社だ。
ストレス過多のこの現代ではこういった商品の需要は高くなる一方で会社の業績は右肩上がりだ。
さて休憩まであと二時間程、適度にサボりつつ頑張ろう。
第五章
気付くと時計の長い針と短い針が一番上で交わろうとしていた。
外は相変わらず雨で、夜明けまで続きそうな勢いで降っている。
私は休憩に入る事にし雨で外出を渋る社員を横目に一服する為外へ出る。
何か食べてもいいが先程優雅なブランチを済ませ財布が寂しいのでコンビニでビニール傘とコーヒーだけ買い会社の近くの駐車場でタバコに火をつける。
雨は何かと嫌われがちな存在だが私は好きだ。
雨が降る前の地面から漂う匂い、無機質に落ち続ける音、傘を打つ水滴やその音は私の心を落ち着かせてくれる。ジメジメはするがその分気温も下がり今は三十三度と最近にしてはだいぶ過ごしやすい。
少しすると雨音が落ち着きどこからか歌が聴こえてくる。まさかなとは思いつつもちょうど吸い終わったタバコの火を消し歩き始める。
会社のある道を曲がり、ふと目をやると先程の弾き語りの青年がまだいた。
ガヤは一人として残っていないが、彼は気にせずに歌い続けている。
ちょうど曲が終わり、ふと茶髪の青年は私の方を見て
「なんすか」
と青年は気だるげに言う。
私が返答に戸惑っていると青年が続けて、
「なんかリクエストあります?」
「そうだな、」
「大抵の曲ならいけますよ。」
言葉使いは荒くても優しさは伝わってくる。
すぐに言葉を返したいがこの場に合ったリクエストがすぐ出てくる程の知識量は無く、何曲か候補はあるがどれもいずれかの理由で却下になるのでこうリクエストしてみる。
「気分が上がるような曲がいいな」
抽象的なリクエストにはなったが実際に夜制度で最近気も落ち始めていたし、何か明るい曲が聴きたい気分だった。
彼は何も言わず使い込まれたアコギの弦を弾き始めた。
私はただじっと立ち、曲を聴く。
彼が選んだのは昔、私がまだ学生の頃に出た少しマイナーなバンドの曲、そして私の一番好きな曲だった。
彼が知ってるか分からずリクエストしなかった一曲だったがどうやら私よりこの曲が好きなのだろうというのが伝わってくる歌い方に暫く聴き惚れる。
曲が終わり、短いとも長いとも言えない無音の余韻が二人を包む。いい曲を聴いた後ほどこの余韻は素晴らしくずっとこれに浸っていたいとさえ感じる。
「ありがとう」
私は無意識に口を出た感謝の五文字に驚いた。
「こんな昔の曲、知ってるんだ。」
「親が好きで、気づいたら親より嵌ってて。因みに俺の一番好きな曲です。」
「奇遇だね、俺もこの曲が一番好きなんだよ。」
と返し、続けて
「なんでここにいるの?」
と至極単純な問を投げ掛ける。
「学校も行ってないしずっと家だとなんか居心地悪くて街歩いてたらここ見つけたんで時間潰すのに丁度いいかな〜って」
なるほど、確かにこの煙草屋は閉店して暫く経つが寂れても尚いい場所だと私も思う。
「隣いい?」
「いいっすよ」
隣に腰掛けると彼のギターケースに夜行性症候群患者を示すタグが着いているのが見える。
彼は察したのか
「俺、夜行性症候群なんすよ」
と自白してくれた。
「君の肌白いもんね」
上手いフォローが思い浮かばず粗悪な感想しか述べられなかった自分を恥じる。
幾つか話をして分かったのは歳は十六で母子家庭、弟が二人いていずれも彼と同じ病にかかっている事。
歳こそ離れているものの親しみやすく会話は弾み、ふと腕時計をみると早くも休憩時間が終わろうとしていた。
彼にそろそろ仕事に戻るよと言うと
「暫くはここにいると思いますよ」
「じゃあまた会うかもね」
「またリクエスト待ってますわ、今度は曲名で」
「それは難しいかな」
そう言い残しその日は別れた。
第六章
それから会社に行くたびに彼はそこにいて相変わらず人がいてもいなくても弾き語りを続けていて、気付けば私も休憩時間に彼の所へ向かい二人で話したり歌ったり飯を食べたりするのが日課になっていた。
私は普段の息が詰まる様な真っ暗な世界から抜け出したこの時間がとても好きで気付けばあっという間に九月の半ばを過ぎ、毎年この頃にやってくる夜制度に対する陰鬱とした感情もろくに感じないまま彼と会ってから一ヶ月が経とうとしていた。
彼がもう少しで誕生日だと言うので私は今までのお礼と曲を歌ってくれた彼に対価を支払って来なかった後ろめたさから何かプレゼントしようと決めた。
決めたはいいが生まれてこの方誰かにプレゼントなどした事もない私は彼の誕生日の二日前まで悩み続けていた。
プレゼントのヒントを引き出そうといつもより早く会社に向かっていると彼の姿が見えなかった。たまたまタイミングが合わなかっただけかと思ったが休憩時間になっても青年の姿は無く、その日は結局ヒントを引き出せぬまま家に帰った。
次の日仕事に向かっていると、青年はいつもの所に居ていつもの様に弾き語りをしていた。
出勤時間まで少し余裕があるので私は青年に尋ねる。
「昨日、なんかあった?」
「そうなんす、実は昨日弟が暴走しちゃって。兄弟の俺もホントならすぐ自宅療養か入院らしいんすけど頼みこんで今日だけここにいれることになったっす。」
と言い、少し間を置いて
「だから、多分今日で最後になっちゃいますね」
今にも泣きそうな顔で微笑みかけてくる彼に
「休憩時間楽しみだなぁ、絶対来るよ」
と微笑み返し分かれる。
始業時間までまだ少し時間があったのでニュースでもチェックしようとページを開くと「夜行性症候群の精神異常、新たな原因究明か」と見出しがある。
記事を読むと、精神異常の発生条件について最新の研究結果を医大が発表したとある。更新日時はついさっきだ。
他患者が精神異常状態を起こした場に居合わせると連鎖反応としてその後数日以内に精神異常を来たしやすくなるとあった。
彼と会ってちょうど一カ月、今日は満月だ。
青年は大丈夫だろうか。
今すぐにでも仕事を抜け出し彼と話したいが生憎今日は大事な会議がある。彼の無事を祈りつつ仕事に臨もう。
第七章
無駄に長い会議を終え休憩に入ったのはいつもより遅い午前一時半頃だった。
急いで青年の所に向かう途中、いつもは聞こえる弾き語りの音が聞こえず私をより焦らせる。
何か嫌な予感がする。
ビルを出ると人だかりが出来ていて警察官もちらほら見える。
私は恐る恐る人だかりの中へ向かう。
そこに彼はいた。
ただし精神異常をきたし暴走した状態の彼が。
遅かった。
彼を取り囲むように警官が、そして野次馬が円を形成している。
私が警官の前に飛び出し彼を呼ぶと、彼はこちらに気付き振り向く。
彼は泣いていた。
落ち着いてはくれないかと思ったが私の意に反し彼は動揺し狼狽え、低い呻き声を漏らしながら逃げようとする。
取り囲む警官を振り払い彼は逃げ出す。
私も彼を追いかけ走り出したが、すぐにその足を止めた。
―――――轢かれた。
素人目に見ても即死だとわかった。
私はその場に立ち尽くし呆然と動かない彼を見つめる。
ふと野次馬の一人が
「自業自得だろ。」
と呟く。
気付けば私はそいつに襲いかかっていた。
人が見てるとか、警官がいるとかそんな事はもうどうでも良くなりふり構わず殴り続ける。
しかし、すぐに警官に抑え込まれ私は力なくその場に倒れる。
雨が降ってきた。
最終章
警察からの長い説教を終えた頃には雨も上がり空は薄明るくなり始めていた。
警察に最後彼の事を尋ねると死亡したという事以外教えてはくれなかった。
拙い足取りで何とか家に帰り、ドアを開けるとリビングの窓の向こうから恐ろしく綺麗で残酷な朝日が昇ってきた。
私はただ立ち尽くし、しばらく朝日を見ていた。
彼はもうこの朝日を見ることはないのかとふと考え、その瞬間全てがどうでもいいように思えてくる。
頬を何年ぶりかの涙が伝う。
ダメだ。このままでは彼に笑われてしまう。
私は着替えてからベランダに出て煙草に火をつける。
「まずいな」
独り言が煙と共に生温い空気へと混じっていく。
ふと手摺から下を見るといっそこのまま飛び降りてしまおうかとさえ考えている自分に気付く。
馬鹿な事だと分かってはいるが既に足は手摺にかけようと動いている。
バタンッ、と隣から音がした。
隣人がベランダに出てきたのだろう。
私はその音で怖気づき煙草の火も消さずに室内に戻る。
結局の所自分は何がしたいのか分からずベッドに横たわり呆ける。
私は寝れず、ただ天井を眺め皆が寝静まった昼を過ごした。
気が付くと日も傾きまた長い夜が始まろうとしていた。
今日は休みだったがこのまま部屋にいては気が滅入るだけだと考え外出する事にする。
クーラーで冷えきった体を熱いシャワーで洗い流し、もう随分長い事着ていなかった私服に袖を通して家を出る。
何ヶ月かに一回休日に外へ出る時、毎回どこに行けばいいのか悩むが今日は既に行く場所は決まっていた。
会社までの道にある商店街の店に少し寄ってから彼がいつもいた寂れた煙草屋を目指す。
煙草屋に着いた。
彼が居ない煙草屋は以前よりも侘しく寂しい場所に見える。
私は彼への誕生日プレゼントとして彼が好きな缶コーヒーと先程買った白いリンドウを置く。
私はそこに座り込んで自分用の缶コーヒーを飲みつつ黄昏れる。
何分の間かそうして座り込んでいたが缶コーヒーも終わってしまったので彼に別れを告げその場を離れる。
もう少し寄る所があるが今日も雨が降りそうな雲が空を覆っている、早めに用事を済ませよう。
帰る頃には案の定土砂降りの雨で駅から全身びちょ濡れになりながら走って家に転がり込んだ。
シャワーを浴びて一息ついてから私は先程買った物を開封する。
彼と同じギターだ。
今まで音楽とは無関係の人生だったがどうにか頑張ってみよう。
彼の様に上手くなれるかは分からない、けど彼が一番好きな曲、最初に弾いてくれたあの曲を弾けるようになるまでは頑張ろうと思う。
終
夜行 水野葉月 @akizuki223
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