第2話
不意に、こん、と頭に当たる。
「あぁ?」
軽いものだったので特に痛くはなかったが、よく考えたら重い衝撃だったら俺死んでたじゃねえかと思い至り額に青筋が立つ。
「この【鈴の甘寧】様の背後を取るとはいい根性してんじゃねえか……。
死ぬ覚悟出来てんだろうなァ! コラァッ‼」
思いっ切り振り返りざまに怒鳴り散らしてやると、甘寧の怒鳴り声が美しく反響した長い通路には誰もおらず、随分遠くで朝食の支度をしているのだろうか、何かを運んでいた侍女二人が「わ、私達何もしておりません!」と悲鳴を上げて逃げていった。
「……」
庭の水場で鴨が鳴いている。
のどかな空気が流れたところ、がさがさ、と庭の方から音がした。
「そこか! てめえどこの暗殺者だ! 俺は今、間者とか暗殺者とかが無性に嫌いな時期なんだよ! 吊しあげて船の舳先に干からびるまで吊してや……」
ひょこ、と顔が覗いた。
大きな黒い瞳がこちらを見上げる。
怒り狂っていた甘寧が瞬きをした。
「なんだ。
「鈴の甘寧とか言われてるくせに子供のドングリすら避けられないんだな!
これが戦場ならお前は死んでたぞ」
「うるせえ! ドングリなんかで俺は死なねえからいいんだよ!
おまえなあ、こんなことする野郎は通常俺様の流儀じゃぶち殺してやるんだが王太子のお前ぶち殺したら俺が捕まって打ち首になるだろうが! だから王太子はドングリとか俺に投げるんじゃねーよ! 何してんだ! この野郎!」
「庭の鴨の絵を早起きして描いてたら、久し振りにお前がいたから」
にこっ! などと笑って腹立たしいお子様である。
「チッ、これだからガキは嫌なんだよ……
つい教育係である陸遜に悪態をつき、ぶつぶつ言いながら甘寧は背を向けて歩き出す。
その名前を聞いた途端、孫登の瞳が不意に輝いたのだが、背を向けていた甘寧は気付かなかった。
「甘寧、お願いがあるぞ」
「そうかよ。ドングリ攻撃受けた時点で全く聞く気がしねえ。
俺は夜中からの調練帰りで寝る気分で忙しい。
そうだ、お願いしたかったらそこの回廊を二回曲がって向こうの向こう行った棟の一番奥の部屋が
このド早朝に思いっ切り叩き起こしたらあいつぜってえ怒鳴って出て来るよな。怒鳴って飛び出したとこに王太子がいたら腰抜かすだろ。名案じゃねえか。
ということで王太子お前に尊い任務が出来たからそんなに暇なら行って来い」
「お前に用があるんだ」
よっ、と王太子は器用に塀をのぼってきて、回廊に降り立った。
「そうかよ。俺は眠いつってんだろ。ガキに興味はねえ」
「
振り返ると王太子が腕を組んで仁王立ちし、にっこりと微笑んでいる。
伸び盛りの王太子様は少しだけ背が伸びていた。
「これは命令だ。私が誰か、分かっているんだろうな?
断ったらお前でも酷いことになるぞ」
甘寧は片眉を吊り上げた。
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