元々、こちらの世界の人間だ(2)
「意味わかんない、天羽恭がうちの高校に転校してくる前……瑞紀と出会うよりずっと前から、天羽恭は俳優だったじゃん。言ってることおかしくない?」
その通りだ。
天羽が武藤に出会ったのはほんの数月前。武藤との付き合いの長さだけはオレが勝っている。
すると早坂は、何かを考えるように腕を組み、空を仰いだ。
「……お前ら、何も聞いてないんだな」
「は?」
「中学時代からの友人という話だったが、二人は武藤瑞紀についてどれぐらい知ってる?」
オレと真緒は戸惑って顔を見合わせる。
それでも真緒は、すぐ自信ありげに言った。
「瑞紀のことなら色々知ってるよ! 親友だもん! 食べ物の好き嫌いや靴のサイズなんかはもちろん、太鼓のゲームめちゃめちゃ得意なところも、好きなものを馬鹿にされたときは誰が相手でも関係なくブチ切れちゃうところも、可愛いのに顔を褒められるの好きじゃないところもよく知ってる!」
仲が良いからといって、全てを知っているとは言わない。
とはいえ、オレも真緒と同じである程度知っているつもりだった。
だが……。
「おれが言いたいのはそういうことじゃねーよ」
早坂は馬鹿にしたように笑った。
そしていきなりこんなことを尋ねてきた。
「お前ら、さすがに女優の神山愛子さんは知ってるか?」
「神山愛子?」
ある程度テレビを見たことがある人なら誰でも知っているであろう名前だった。
オレたちが生まれる前から活躍している、大物女優。
確か最近では……
「映画で天羽と共演してる、あの神山愛子のことか?」
「そうだ」
「でもそれが何か……」
「娘だよ」
「は?」
早坂は、まるで小さな子どもに言葉を教えるかのように、ゆっくりと丁寧に言い直した。
「武藤瑞紀は、神山愛子の一人娘だ」
「……は?」
……言われたことに、頭が追い付かない。
隣で真緒が、事情が飲み込めないというように目を白黒させていた。きっとオレも同じような顔をしているのだろう。
考えてみれば、武藤の家族に会ったことはない。
一人っ子であることや父親が海外にいること、母親も仕事で忙しいという話は聞いていた。
だから、学校行事なんかで見かけなくても、特に何も思わなかった。
「で、でも信じられないよっ! 苗字も違うし!」
ようやく口を開いた真緒が言う。
「そりゃ“神山”ってのは芸名だ。というか、確か旧姓だったか」
「それはそうかもだけど!」
「もっとわかりやすい証拠もある。むしろこっちが本題だな」
早坂は言いながら、スマホを取り出して操作する。
そして、その画面をオレたちに見せた。
そこには、穏やかな笑顔を浮かべた10歳に満たないぐらいの女の子の画像が何枚もあった。
斜めの角度でカメラ目線。いかにも芸能人の宣材写真といった感じのそれは……
どう見ても、幼い頃の武藤だ。
「子役時代の武藤瑞紀だ。母親と苗字をそろえた、“神山ミズキ”ってのが芸名だ。神山愛子の娘って一時期話題になったんだが、……メディアの露出もそれほどないまま小学生のうちに引退したし、今の武藤瑞紀とはずいぶん雰囲気が違うから、ピンとこないのも無理はない」
「こや……く……?」
少し、思い出した。
昔、両親が『神山愛子、実の娘と初共演』と宣伝されたテレビドラマを見ていた。
そして「この子、数馬と同い年なのにすごい」と感心していたような記憶がある。
オレも幼いながらに、女優の娘はやっぱり子どもでも演技が上手いんだなと思った気がする。
「神山ミズキは、恭と……ついでに言えば当時は役者志望だったおれも、同じ養成所にいた。今は一般人に違いないが、彼女は元々、こちらの世界の人間だった」
早坂は、その頃を懐かしむように目を細める。
「神山ミズキはよく目立っていたよ。母親の存在だけでなく、本人も圧倒的な才能があったからな」
「てことは、もしかして」
「ああ。恭はその頃から、ずっと彼女に執着している。近くで見ていたからよくわかる」
にわかには信じられないと思う一方で、オレはいくつか納得した。
武藤は容貌を褒められると、いつも「ただの遺伝子勝ちだから」とか何とか、心の底から迷惑そうにしていた。
それは、昔から「さすが神山愛子の娘だ」という褒められ方をしてきたからではないだろうか。
そして天羽のことも。
転校初日、出会ったばかりの武藤をどうしてそんなに気に入ったのか不思議だった。
違うのだ。あれは天羽にとって、「出会い」ではなく「待ち望んだ再会」だったのだ。
「武藤は中学生のときから天羽恭のファンだった。……知り合いだったなんて気配、見せたことねえぞ?」
「そのあたりの事情はおれも知らん。単純に当時の仲間を覚えてないだけかもな」
オレの疑問に早坂は簡単に答えると、「話は終わりだ」と車に乗り込んでいってしまった。
残されたオレと真緒は呆然とするしかなかった。
「……なあ、どう思う?」
隣に立つ真緒を見てギョッとした。
真緒は握った拳を震わせ、怒りに満ちた表情をしていた。
こいつのことは小さな頃から知っているが、こんな顔はめったに見ない。
「……本当だとして。瑞紀は、そんな大事なこと何で教えてくれなかったんだろう」
「……さあ」
「私、あの子には信頼されてると思ってた。何でも話してくれる親友だって思ってた。……そう思ってたのは、私だけだったの?」
今にも泣き出しそうな声に、オレは答えることができなかった。
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