これが、俺の愛してやまない人だ(1)


 地味で自分に自信を持てなかったヒロインが、高校に入学して同じクラスになったイケメンに興味を持たれるところから始まる王道ラブストーリー。

 現在も連載中の原作はそんな内容だったはず。

 特別に台本を見せてもらうと、原作よりヒロインの独白シーンがかなり多くなっているのがわかる。やはりこれは原さんを見せるための舞台なのだ。

 だけど──


「すみません一度ストップ。……原さん、ヒロインは少し自信のない感じを出したいので、そのあたりのメリハリをもうちょっとつけてもらえますか」

「……」


 彼女にとって演技は初挑戦だから仕方ないのだけど、お世辞にも上手いとは言えない。

 ヒロインではなく原麗華が話している、という感じがすごく強い。

 原麗華ファンをターゲットにしたものなのだから、それはそれで良いような気もするけど……監督としては、そこにあぐらをかかず、きちんとした舞台として成立させたいのだろう。

 だけど原さんはその要望に実に不満げで……。


「あたしは十分すぐるぐらい演じられているつもりですよ」

「だけどもっとこう……」

「監督のこだわりは知りませんけど、あたしの本業は女優じゃありません。はっきり言って、この舞台にそんなに力を割くつもりはないんです。あたしの名前で人を呼ぶなら、あたしのやり方に合わせるのが筋では?」


 声のトーンは柔らかくて可憐なのに、言葉は高圧的だ。

 SNSなんかで見る原麗華の天使のようなイメージとはかなり違っている。

 だけど彼女のこういう態度はいつものことなのか、何となく諦めのムードが漂っていた。恭くんも黙って台本見返している。

 そして彼女はそのムードすらも気に入らないのか、大きくため息をついた。

 すると、原さんの目がなぜか突然わたしに向けられた。


「あ、そうだ。ちょうどいい」


 彼女は隅にいるわたしの元へやってきたかと思うと、満面の笑みを浮かべる。


「このスカウト希望の子に、あたしの代わりのヒロイン役やらせて練習したらどうです?」

「……え、わたし?」


 斜め上の提案にわたしはあんぐり口を開ける。

 当然ながら他の皆さんも戸惑った様子だ。


「いやでもわたしは本当にただの見学……」

「あたしそろそろもう次の仕事に向かいたいので。この素人の子で練習しとけば、同じく素人のあたしに合わせる練習にもなるでしょ? ……てわけでよろしく」


 強引すぎるだろ。人の話を聞いてくれ。

 ……ていうか、だんだん腹が立ってきた。

 本業はモデルだか知らないけど、彼女はここにいる人たちを馬鹿にしてる。

 わたしは手に持っていた台本をペラペラとめくり、彼女がダメ出しされていた独白シーンを開いた。

 原作の漫画は時々読んでいるし、このヒロインについてある程度の理解はあるつもりだ。


 ──本当にやるのか。自分自身に尋ねた。


 ここにいるのは、恭くん以外は皆知らない人ばかり。この稽古が終わればきっと二度と会うこともない。

 なら、大丈夫だ。一度だけ。


 わたしは、ゆっくりと部屋の中央まで足を進めた。

 それからスッと大きく、静かに息を吸い込む。


「『私は、ずっと自分が嫌いだった──』」



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