オフショットは尊い(1)



「……へ、何て?」



 恭くんが演劇部見学に来た数日後。

 学校に着くなり、わたしはなぜか待ち構えていた恭くんにつかまった。

 そしてとても良い笑顔で「今から舞台の稽古があるんだけど一緒に来ない?」と聞かれ、間抜けな声で聞き返したのだった。


「だから、もうすぐ俺が主演させてもらう舞台があるんだけど」

「もちろん存じ上げておりますとも。サトウレナ先生の少女漫画が原作のやつでしょ?」

「今その稽古の最中で」

「うん」

「見学に来ない?」

「だからその流れがわからないんですけど??」


 そういう場は関係者以外をほいほい入れていいものじゃない。

 高校の演劇部の見学に行くのとはわけが違うのだ。


 ……もちろん興味がないわけじゃないですが。


 本番という完成したものだけでなく、まだ不完全で成長途上の推しも見たいという思いもある。すごくある。

 だけ、どっ……!


「そんなの迷惑がられるに決まってるよね?」

「ううん? 友達連れて行っていいか確認したらOK出たから」

「えっ……。あ、でもわたし、今から授業があるんですよ……」

「聞くところによると瑞紀ちゃん、多少の遅刻はあっても皆勤賞らしいね。一日ぐらいサボってみない?」


 なんという悪魔のささやきを。

 そして一応出席日数を確認するという微妙な気遣いが恭くんらしくてキュンとする。

 ぐああああ……と頭をかかえ、たっぷり5分はうめき悩んだ。

「授業サボってまで欲望に忠実になっちゃだめ!」と言う天使と、「せっかく誘ってくれてるのに断ったら恭くんを悲しませるぜ?」と言う悪魔が脳内で乱闘を繰り広げはじめた。

 その結果、相手をトゥーキックで吹っ飛ばして勝利をつかんだのは……悪魔だった。


「ぜひっ……見学させて……もらいたい……です……」


 唇を噛み、欲望に負けた自分を恥じつつ言う。

 恭くんはそれを聞いて満足そうにうなずくと、当然のようにわたしの手をつかみ、早足で歩きだす。


「あっちでマネージャーに待ってもらってるんだ」


 どうやら恭くんは、直接現場へ行くところを、わたしを誘うためだけに学校へ寄ったらしい。

 校舎側へと歩いてくる皆に逆流するのって謎の背徳感があるな……とか思いながら校門を出ると、少し先の方に車が一台停まっていた。

 恭くんはその車のドアを迷いなく開けると、「お待たせしました早坂さん」と言って乗り込んだ。


「瑞紀ちゃんも乗って」

「えっと……。失礼します……」


 運転席に座っていたのは、二十代もまだ前半だろうと思われる男性。

 銀縁の眼鏡がよく似合う、色白の美形だ。彼が恭くんの言うマネージャーなのだろうけど、彼自身がタレントだと言われても十分納得できる。


「どうも。恭のマネージャーをやってる早坂です」

「あ、はじめまして。恭くんのクラスメイトの武藤瑞紀です」


 早坂さんは、どこか胡散臭さのある笑顔を浮かべている。

 そして、その笑顔のまま視線に鋭い色をにじませ、わたしの目を見た。


「『はじめまして』じゃなく、『お久しぶり』の間違いじゃないか?」

「え……?」


 わたしは一瞬言葉を詰まらせ、唾を飲み込む。

 それからすぐに首を振った。


「初対面だと思いますけど……」

「……そうか。それは失礼しました。恭からよく話を聞くから会った気になっていた──ということにしておこう」


 早坂さんはそう言うと、ふっと笑ってエンジンをかけた。

 ……なんかというか、ちょっと裏がありそうな人だ。

 形容しがたい居心地の悪さを感じたわたしは、車が動き出してからは黙って窓の外を見ていた。

 恭くんと早坂さんも、仕事に関する業務連絡をちょこちょこするぐらいで、基本的には静かだ。

 ……授業サボったわけだし、心配させないよう真緒と数馬には連絡しておこうかな。

 そう思い立ってメッセージを入れたところで、車は目的地に到着した。


「おいで。話は通してあるから心配しなくても大丈夫」

「うん」


 恭くんの後ろにピタリと付いて入ったそこは、それほど大きくもないレンタルスタジオだった。

 既に関係者らしき人たちが何人か集まっていて、楽しげに談笑している。


「おはようございます」


 部屋に恭くんの明かるい声が響いて、皆さんの視線がこっちに集まる。

 そうなると、見慣れない人間の方に自然と目がいってしまうわけで。


「おはようございます。その子は?」

「昨日言ってた、学校の友達です」


 うぅ……いたたまれない。

 できれば早く壁になりたいわたしは、愛想よく微笑んでおしとやかに頭を下げた。


「恭くんに誘ってもらったので、お言葉に甘えて見学させて頂きます」


 必殺、よそ行きバージョン。

 学校では見せないレアな姿である。

 すると、わたしたちと同い年ぐらいの一人の男の子がこちらにやってきた。名前は把握してないけど、確かこの人も俳優だったはず。

 彼は親しそうに恭くんの肩へ手を回した。


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