推しとは共有すべきものである(2)



「ネクストブレイク確実と言っても過言ではない、実力派イケメン若手俳優・天羽あまばね恭! 歳はわたしたちと同じ十六歳の高校一年生。五歳で子役としてデビューするも、当時そこまで注目されてなくてね。わたしが恭くんに注目しだしたのは二年前公開した人気少年漫画原作の舞台で主人公の弟を演じてからなんだけど、それがもう本当にかっこよくて可愛くて……」

「あ、もういい。わかった」


 まだまだ恭くんの魅力を十分の一も伝えられてないのに、数馬は苦笑いしながら後ずさった。

 恭くんの素晴らしさは全人類知るべきだと思うんだけど、布教するにはわたしじゃあ力不足っぽい感じが……。


「あはは。瑞紀ぃ、カズは瑞紀が天羽恭に夢中なのが面白くないだけよ」

「え?」

「よーし、じゃああたしが可哀想なカズくんのことを喜ばせてあげよう!」


 そう言った真緒は「よっこいしょ」と机を下ろすと、にやにや笑いを浮かべる。


「ではでは瑞紀に質問っ! 瑞紀がサイン会か何かで天羽恭に会ったとします。もしもよ、もしそこで天羽恭が瑞紀のことを見て一目惚れしちゃったらどうしますか? 告白されたら付き合いますか?」


 よく意図のわからない質問。だけどそれには即答だった。


「無理無理無理無理! 絶対ダメ! 恭くんはね、わたしみたいな落ちぶれた女を恋愛対象にしてはならない神なの! わたしはあくまでも大勢のファンの中の一人じゃなきゃダメなの!」


 これはわたしの信念。

 わたしが森羅万象の中で最も推している恭くんだけど、彼の素晴らしさは共有するべきものであり、一人占めするものではない。


 だから万が一にでも「独り占めしたい」なんて欲を持ってしまうことのないよう、恋人妄想みたいなのはしないように個人的に心がけている。

 結局は、手の届かないところから応援することこそが幸せなのだ。


「うんうん。瑞紀ならそう言うよね。……じゃあちなみに、天羽恭とカズ、同時に告白されたらどっちと付き合う?」

「は、オレ?」


 続けられた真緒の質問。なぜか巻き込まれてしまった数馬が、可哀想なぐらい真っ赤になっている。

 わたしは消去法で「それなら数馬かな……」と答えかけたけれど、思いとどまった。


「いや、でも数馬と付き合うっていうのもないかな。友達だもん」

「っ……そ、そりゃ当然だよな! オレだって瑞紀はダチだからそんな目で見てない!」

「あ、えっと……なんかごめんねカズ」

「……なんで謝るんだよ真緒」


 よくわからないけど、これで質問は終わりらしい。真緒はいったい何を知りたかったのだろうか。

 そんなことを思いながら、わたしはその彼女が教室に運び入れてきた机に目を止める。


「ねえ真緒、そういえばその机は?」

「ああ。なんか明日うちのクラスに転校生が来るらしくてその人のみたいだよ。先生、あたし見つけるなり『倉庫から机と椅子セットで教室に運んでくれ。高森なら余裕だろ』とか言っちゃってさ。隣にカズという男子がいるのに何故あたしに頼むのよまったく」

「数馬が弱そうだからじゃない?」

「それだ」

「いやぜってー違うだろ! どう考えても真緒が馬鹿力だからだろ!」


 真緒は中学時代からずっと空手部に入っている。

 本人いわく同じような空手部員の中ではそう強い方でもないらしいが、少なくとも数馬よりは力がある。適切な人選だ。


「それにしても転校生か。男子かな、女子かな」

「さあね。てか、瑞紀の隣の席になるよ」

「確かに! さらばぼっち席!」


 わたしの今の席は、隣のいない通称“ぼっち席”。奇数人数クラスの宿命である。

 窓際最後尾なのは良いんだけど、なかなか寂しいんだなこれが。


「よーし。じゃあ転校生にはお隣のよしみでたっぷり世話を焼いてあげよう。移動教室の場所とか、恭くんの魅力とか、授業でよく当ててくる先生のこととか、恭くんの魅力とか、教えること盛りだくさん!」

「転校生絶対に困惑するからやめとけ」

「全人類恭くんの素晴らしさを知れ。手始めにお前だ、転校生」

「オレはまだ見ぬ転校生に同情する。つーか武藤が雑誌無事取り戻したことだし、帰ろうぜ」


 アニメか何かの悪役風に言うわたしを軽くいなしつつ、数馬は鞄を持ち直して歩き出した。

 空手部の真緒をはじめ、わたしは演劇部、数馬は塾通いといったようにそれぞれ忙しい。

 だけど、週に一度はこうして三人とも休みがかぶるので、他愛ない話をしながら一緒に帰るのだ。

 今日の会話の内容は、三分の一がわたしによる恭くん語り、三分の一が真緒の憧れの先輩の話、残りがその他という感じだった。

 ──手の届かないキラキラした世界には愛してやまない恭くんがいて、身近な場所には一緒に過ごすのが楽しくてたまらない親友たちがいる。

 控えめに言って、今のわたしの日常はすごく幸せだ。

 そんな日常を、家に着く頃には存在をすっかり忘れてしまっていた転校生によってぶち壊されるなんて、誰が想像できただろう。

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