なぜか推しが追ってくる。

町川 未沙

推しとは共有すべきものである(1)




 推し。それすなわち、心のオアシス。

 だから、勉学という名の砂漠を彷徨い続け疲れ切った高校生は定期的に摂取するべきなのだ。そうしないと過酷な環境を生き残れない。


「──ってことでお願い見逃してくださいよ先生~!!」

「ダメなものはダメだ。武藤むとう、お前これ何回目だよ」

「三回目ぐらい?」

「五回目だ」

 こんなに力説したにもかかわらず、先生は冷たい目でわたしに言った。

 机の上には、ようやく半分ぐらい埋めた反省文。まじで終わらないんだな、これが……。

 こんなもの今すぐ放り出して逃げたいところだけど、先生の手には買ったばかりのファッション誌という名の人質があるものだからそれもできない。

 今朝学校に来る途中見つけたその雑誌は、ずっと探していた上に残り一冊だったので迷わず購入した。

 本当は家に帰ってゆっくり見るつもりだったけど、我慢できず昼休みにペラペラめくっているところで先生に見つかりました……と。

 わたしは「うわ~!」と頭をかきながら、必死に残りの空白の文字をうめていくしかない。


「おーい横着するなー。文字と文字の間空きすぎだぞ」

「ふっ、小さな字でぎっしり詰めたら先生の老眼じゃあ見えないだろうからって、わたしなりの気遣い……うわ、先生! チョークの粉付いた手で雑誌に触らないでっ!」


 高速で書いたせいで最後の方はイタリック体のようになった反省文を先生に押し付け、ひったくるように雑誌を奪い取った。

 流行りのファッションやコスメ情報の載った、今後たぶん一度も見ないであろうページは完全無視して、真ん中のあたりのページを開く。


【特集 天羽恭】


 スタイリッシュな手書きフォントでドーンと書かれたその文字。そして爽やかに微笑む国宝級イケメンの写真たち。わたしのお気に入りは花束持って笑ってるやつ。

 この雑誌では数か月に渡って注目の若手俳優特集が組まれており、今号でやっとこさわたしの推しこときょうくんの番が回ってきたのだ。


「やーっと取り戻したよ恭く~ん! お帰り!」


 ああなんだろう。輝いてる。このページだけ質の良い紙とインク使って印刷してんじゃない?


「……武藤、反省文の意味わかってるか? あとな、おれはまだ四十代になったばっかだ。老眼じゃない」


 先生はそう大きくため息をつくものの、マニュアル通りに仕事をしたからとばかりに立ち上がり、教室から出て行く。

 わたしが必死になって書いた反省文、別に読んだりしないんだろうな。まあ、雑誌さえ返してもらえればどうだっていいんだけど。

 にやける口を押さえながら雑誌の中の恭くんを愛でる。

 それからしばらくして、先ほど先生が出て行った教室の扉が、また音をたてて開いた。


「おー。無事に取り返したんだね、瑞紀みずき


 机と椅子のセットを軽々と持ち上げながら入ってきたのは高森たかもり真緒まお。活発そうなショートカットがトレードマークのわたしの親友だ。


 その後ろには同じく親友でこちらは男子、清水しみず数馬かずまもいる。

 わたしと真緒と数馬。中学時代からよくつるんでいたこの三人は、同じ高校に入学して奇跡的に皆で同じクラスになった。わたしは中学校で二人に出会ったけれど、二人はもっと前からの知り合いらしい。幼なじみというやつだ。


「武藤も懲りないよな。前はDVD持ってきて没収されてたじゃん」

「あのね数馬、あれは深い訳があったの。恭くん演じる小生意気な中学生が出てるドラマ、好きなとこだけエンドレスリピートしてたら次の朝寝坊してね。急いで準備してたら教科書にDVDが紛れてて。そしたら! なんと、そんな日に限って持ち物検査が!」

「ただのドジと不運だろ。つーかそんなに良いかよ、その恭くんとやらは」


 いかにも興味ナシという感じの数馬。

 わたしはキラリと目を光らせて、恭くん特集のページを数馬の目の前に突きつけた。


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