第17話 無敵のパーフェクト・メイド

 女性が挨拶をすると、ハイノが驚いたように俺に尋ねてきた。


「ヒラガ様はこの候補者を御存じなのですか?」


「いや、知ってるというか……。こちらに来た初日に、宿へ向かう途中で会った女性でして。変な奴に絡まれていたので、声をかけたのです」


「なるほど、我らの護衛者が助けたわけですね」


「いや……、どうなんだろう……?」


「?? ともかく承知しました。では、自己紹介を頼む」


 美人の小顔に黒髪ぱっつんロング、ワ〇ピースに出てくる女性キャラばりのモデル体型、そしてめちゃ身長が高いメイドさんが、スカートを少し持ち上げ、奇麗な仕草で礼をする。それを見たヒーコルトが、おお実に優雅だと呟くのが聞こえた。


「稀人様、私はヤエーヒィリ・H・オーヒェネールと申します。身の回りのお世話、家事全般、護衛、全てに絶対的な自信があります。処女ですが夜のお世話もまったく問題ありません。是非私をお選びください、絶対に後悔させません」


 言葉の意味は分かるし、とにかくすごい自信だな。まあ戦闘力に関しては、この前の感じだとめちゃくちゃ高いのは間違いなさそうだが。


「ふむ、そこまで自信があると?」


 資料を見ながらハイノが尋ねる。


「はい、戦闘であれば複数人が相手であろうと、絶対に稀人様をお守りする自信があります。こちらの候補者の方々もそれなりに実力はおありなようですが、この程度であれば全員相手にしても簡単に勝てますね。これでは稀人様の護衛者を任せるに不安だと思案いたします」


 ヤエーヒィリが言い切ると、怒号が響いた。


「なんだと、テメエ!! この俺がお前より弱いってのか!!」


 見ると、顔を赤くして怒っているヤーコプだった。見た目も粗暴だが、沸点も低いらしい。


「失礼ながらそう申し上げました」


「お前みたいな女風情が俺より強いわけねえだろうがよ!! 多少はタッパもあるし、武術の心得でもあるのか知らねえが、あんまり舐めた真似するとぶっ殺すぞ!!」


 おいおい、この場でそんな事言って良いのか? 本当に強い弱いはともかくとして、候補者として除外されるだろうに。


「貴方ごときが私を殺すなど、寝言は寝て言うものと心得ておりますが」


「このアマ……!? もう許さねえ、ぶっ殺してやる!!」


「おい、止めんか!! 稀人様の前だぞ!!」


「うるせえ!! 稀人だかなんだか知らねえが、ここまでコケにされて黙ってられるか!! 止められるモンなら止めてみろ!!」


 そう言うと、ヤーコプがヤエーヒィリの方へ突進し、丸太のように太い右腕で殴り掛かった。だがヤエーヒィリはひらりとそれをかわし、ヤーコプに背中を向けると同時に腕を取り、前へと投げ飛ばした。


 鈍い音と共に、床にヤーコプが叩きつけられた。お手本のような奇麗な一本背負いが決まった。このメイドさん柔道の心得もあるのか……?


 さらにヤエーヒィリはそのまま流れるような動きで、倒れ込んだヤーコプの右腕を取って、両脚の間に挟み込んで、腕を手前に引き反らし上げた。


「ギィヤアアアア、やめろォォオオオオ!!」


 腕ひしぎ十字固めが完璧に極まり、激痛が走っているのだろう。ヤーコプは必死でヤエーヒィリをなんとかはぎ取ろうとしているが、ビクともしない。


「ムゥ……、投げから極めへの流れるような動き、そして完璧な技。自信があると言っただけの事はある……、私の実力では太刀打ちできぬか……」


 その様子を見たレオニーが腕を組んでうなっている。しかし、誰も止めようとしないな……。


「大した実力も無いのに偉そうな態度に加え、先ほどの稀人様を侮辱するような物言い、到底許すわけにはいきません。このまま腕を折った上で、命を頂きます。殺すと言った以上、当然自分の命が無くなるのも覚悟の上でしょう」


 その声に、暴れながら顔が青くなるヤーコプ。


「や、やめてくれェェエエエ!! た、頼む!! 俺が悪かった!! グァァアア、腕がイデエエエ!!! おっ、折れる折れる折れるゥゥゥウウウ!!」


 このままだと腕ひしぎ十字固めでガチで腕を折りそうだ。その後も……。


「待て!! ヤエーヒィリさん、そこまでだ!!!


 やっと、ハイノが止めに入った。それを横目で見たヤエーヒィリは十字固めを解くと同時にすぐさま立ち上がり、ヤーコプの右顎に強烈な蹴りを入れる。ガンッという音とともに、ヤーコプが一切動かなくなった。顔を見るとだらしなく涎を垂らして白目を剥いている。


 立ち上がったヤエーヒィリは息も切らさず、服が乱れていない。前も思ったけど、何者なんだよコイツ……。


「稀人様、お見苦しい物をお見せして、失礼いたしました。ですが、私の実力は分かって頂けたかと」


「ええ、まあよく分かりましたが……」


 俺がなんとか声を出すと、ヤエーヒィリが僅かに微笑んだ。先ほどから見るに表情は薄めだが、多少は感情が表に出るようだ。


「是非私を護衛者としてお選びください、損はさせません」


 そう言って、着席した。その間にラウホが外へ職員を呼びに行ったらしく、ヤーコプは担架で外へと連れ出されていった。


「トラブルが起こったが、このまま選任護衛者の選定を続ける」



 その後、この世界に関する知識の確認や、身体能力の確認、礼節や家事能力などの確認が行われた。結果として、ヤエーヒィリがあらゆる点で満点と言える成績を叩きだしていた。


「ヒラガ様。以上で確認は終わりですが、お眼鏡にかなう者はおりましたでしょうか?」


「……」


 まあ、実力そのままであればヤエーヒィリという女性一択だろう。あらゆる点で万能すぎるメイドだ。もしかして、こちらの世界はこんな有能な奴がゴロゴロしてるのか?


「発言させて頂いてよろしいだろうか?」


 ポニーテールのレオニーが挙手した。


「どうぞ」


 ハイノが許可すると、レオニーがそのまま続けた。


「申し訳ないが今回は辞退させていただきたい。自信があったのだが、私の護衛の実力はヤエーヒィリさんに大きく劣る。悔しいがこれは事実だ。稀人様の事を思えば、辞退するのが妥当だと思う」


「私もよろしいですかな」


 さらに、ヒーコルトがそれに続いた。


「知識の面や家事や身の回りの世話については、長年の経験で絶対の自信がありましたが、私もヤエーヒィリ殿の実力には舌を巻くしかなかった。この度は私も辞退させていただきたく」


 良い感じかもと思ってた二人が辞退してしまった。俺の眼からもヤエーヒィリが圧倒的過ぎて、他の人も実力は確かだったのだが見劣りしたのは確かだ。当の本人は当然だとばかりに、わずかに微笑んで座っている。


「ふうむ、私の目からもそのように見えましたな。どうですか、ヒラガ様」


「……その、こういう事を言っては失礼かもしれませんが、ヤエーヒィリさんがあまりに圧倒的過ぎて、近くに置いておいて大丈夫なのかなと少し心配になりました。そういう意味では複数雇った方が良いような」


 この人に万一襲われたら、百パー殺される自信がある。


「そのようなご心配は無用です、稀人様」


「いや、そうは言いますが」


「よろしいですか、ヒラガ様?」


「ええ、どうぞ」


「そういう懸念は当然ですので、稀人護衛者には特殊な契約条件がありましてな。非常に待遇が良いのですが、護衛対象が突然死したり、病死したりした場合、護衛対象から申し出があった場合など、何か不測の事態が起こった際は、精査の上で護衛者に責任があるとされば場合は、重罰が課される事になっておりまして」


「重罰ですか?」


「ええ、具体的には死刑か終身刑ですね」


 ゲェ、めちゃくちゃ重い罰だ。それがあるから、稀人護衛者が反乱するような事はないわけか。


「私がそういう事をした場合は即刻死刑にしてもらっても構いません。なんなら契約書にそれを入れても良いです」


 微笑んだまま、ヤエーヒィリがそう言った。……そこまでして俺の護衛者になりたいのはなんでだ? そんなに報酬が良いのか?


「失礼ながら、私もヤエーヒィリさんが良いと思います。ここまで優秀な稀人護衛者はおりません」


 ハイノがそう言うと、隣のラウホも頷いている。ヤエーヒィリは表情を変えず、わずかに微笑んだままだ。絶対に選ばれる自信があるという顔に見える。


 …………まあ、これは一択しかないか。少し釈然としないところはあるが。

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