第4話 稀人保護機構
お茶が運ばれてきてから十分ぐらい経った頃、部屋の扉が二回ノックされた。そして、一人の男性と一人の女性が中に入ってきた。
男性の方は見た目は五十代ぐらいで、体格が良いくっきりとした目鼻立ちのナイスミドルで、金髪をがっちりとオールバックにしている。先ほど見かけた職員たちと同じ制服を着ているが、少し意匠が豪華になっている。おそらく偉いさんなのだろう。
女性の方は二十代ぐらいのスレンダーな茶髪ロングの美人で、職員たちと全く同じ制服だった。初見の印象では秘書みたいな感じだ。
「稀人様、お待たせいたしました」
渋い声の男性が俺の正面の長椅子に腰かけ、女性はその横に腰かけた。男性は手ぶらだが、女性はペンやら紙やら資料のようなものを抱えている。
「……もしかして、お茶と菓子はお好きじゃありませんでしたかな?」
俺が用心してお茶と焼き菓子らしき物に手を付けなかったのを見て、男性が尋ねてきた。
「いや……」
俺が言いよどんでいると、ハッとした顔をして苦笑している。
「……なるほど、ご用心なさったのですね。確かにごもっともな事です。おそらく訳の分からぬ状況はなず、こんな所においでいただいてすみません」
「それで、こちらで事情を説明頂けるのですか?」
俺がそう聞くと、男性が大きく頷いた。
「はい、まずは私の立場と名前から。私は稀人保護機構・メルスー支部の支部長、ハイノ・ヘルトリングと申します。こちらは秘書のラウホです」
紹介された女性は俺に向かってお辞儀をする。
「では稀人様、お名前を伺ってもよろしいですか?」
さて、ここで問題なのは個人情報を明かして大丈夫なのかだ。実はここが日本近辺で、こいつらが日本周辺にある某国の工作員で、連れ去られたり売り飛ばされたりされたら困る。
とは言うものの、ここまでの情報を統合するに地球ではない所に来たのは間違いなさそうだし、創作物のように「ステータスオープン!」と叫ぶとステータスウインドウが出たり、あらゆる魔法が使えるチート能力を授かっていたりはいないようなので、こちらの世界の何某かには頼らざるを得ないだろう。
なぜ「ステータスオープン!」と言っても何も起きない事を知っているかについては、ノーコメントとさせてもらう。
ともかく、一応名前は『保護機構』らしいし、ある程度用心しながらも話をするしかないか。
「平賀浩司です。ええと……、平賀が姓で、浩司が名前です」
俺がそう答えると、隣の女性ラウホが紙にメモしている。あのペンは見た目だけで判断すると万年筆に近い物か? ここが異世界だとして、万年筆と同等の物を作れるぐらいには文明が発展しているわけだ。万年筆って二〇〇年ぐらい前からあるんだったかな確か。
名前の下には俺の外見などの特徴も記しているようだ、もちろん日本語ではない。つまり俺はこちらの文字も読めるようになっているわけだ。
ラウホは時折俺の方をチラチラ見て、何かを書き続けている。服装や外見の特徴でも記しているのだろうか?
なら、情報ソースが親戚のおばちゃんであればイケメンだねえと言われたことも何度かあるが、個人評ではザ・日本人な普通の顔立ち、黒髪真ん中分けのやや短めの髪型、身長百七十四センチ、体重六十九キログラム、スクエアの眼鏡着用、つまりはよくいる日本人男性とでも書いてもらうか?
「ヒラガ様ですね。とするとこちらの国、ブリュッケン帝国ではコウジ・ヒラガと名乗る感じになります」
どうやらここはブリュッケン帝国という、地球で聞いた事が無い国で、名乗る時はファーストネームが先らしい。
「ブリュッケン帝国?」
「ええ、今いるここがそうです。おそらくヒラガ様の世界には無い国のはずです。いかがですか?」
「確かに聞いた事は無いですね」
「まずはこちらについて説明いたしましょう。ここは、テラントイアス大陸と呼ばれる大陸で、今いるここがブリュッケン帝国になります」
「なるほど」
「大陸の約半分を領土としている強国です」
そう言うと、ラウホが畳まれた紙を取り出しハイノに手渡した。ハイノがその紙をテーブルに広げる。どうやらそのテラントイアス大陸の地図らしい。
「この縦長の丸型になっているこれがテラントイアス大陸で、ここがブリュッケン帝国ですな」
卵を縦にしたような形の大陸で、その南東側約半分ぐらいがブリュッケン帝国らしい。この地図だとブリュッケン帝国に面した北西側にも同じぐらい大きな国がある。
「こちらの国は?」
「そちらはヴィリエ王国ですな。エルフが治めている国です」
「エルフ……というと耳の尖った?」
「ええ、よく御存知ですなヒラガ様。そちらの世界にはエルフはいないと聞いておりますが、何故か知っておられる稀人様が多いみたいですね」
まあ、創作物でよく出てくるからな。エンタメに疎くても、指輪をめぐってエンヤコラする世界的に有名な映画にも出てくるし。
「それで何故ヒラガ様がこちらの世界に来てしまったかですが」
そう、それが一番重要だ。
「分かりません。何故か、時々そちらの世界からこちらへ迷い込む方がいらっしゃるのです。歩いていたらそのままみたいな以外にも、一個中隊が行軍中に突如として深い霧が発生しそのまま迷い込まれたり、移動する機械に乗っていたら機械ごとこちらに来られる方までいます」
これを信じるなら、少なくともこちらの世界の偉いオッサンが、悪辣極まりない魔王を倒してもらうために呼んだ、というわけではないようだ。
「ちなみに向こうへ帰る事は? 帰れるならすぐに帰りたいのですが」
俺がそう聞くと、ハイノが難しい顔をした。
「それは難しいかもしれません。私も詳しくは知りませんが、その方法が確立されてはおりません」
「ええ……、それは困りますね」
おいおい戻れないとか困るぞ。
異世界に転生した転移したみたいな創作モノだと、チートを与えられて好き放題やれる、やったぜ!みたいなパターンが多い。とりあえず、現時点で無限の魔力が溢れたり、アイテムボックスが使えたりはしていない。
俺としてはこんな所にいるよりは、齢三十一歳にして年収七百二十万、毎日ほぼ定時帰り、年間休日百三十二日の生活に一刻も早く戻りたいのだ。この世界が現代日本と同じ文化水準にあるとも思えないし、世界的オープンワールドゲームの六作目も、最後の幻想的なゲームの分作三つ目もやりたいのだ。
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