パワー系メイドと品質管理が異世界で役立つって本当ですか?

クガ

第一章 異世界への転移

第1話 やめよう歩きスマホ

 浩司は暗い道をひた歩く。ジャリ、ジャリ、ジャリ……。ビジネス用の革靴で歩くにはやや難のある砂利道だ。そもそも道と言って良いのかも分からない。


 腕時計を確認してみる。この得体のしれない砂利道に入って数十分は経っただろうか、遠くに見える仄かな明かりを目指してひた歩く。どれぐらい歩けば辿り着くのかも分からない。


 少し前の俺に強く、極めて強くアドバイスしておきたい言葉がある。もちろん良くない事だとは知っていたが、やはりとても良くない事だったのだ。


「歩きスマホはするな……」


 誰に聞かせるでもなく独り言ちる。


 なんでこうなったのか……、浩司は歩きながらもぼんやりと少し前の事を逡巡し始めた。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「……というわけで、マニフェスト通り産業廃棄物の管理と処理がしっかりと行われていることが確認できました」


「分かりました。出張お疲れさまでした」


 俺こと平賀浩司は課長に出張の報告をした。今日は、朝から当工場の産業廃棄物の引き取りおよび処理を依頼している取引先の視察を行っていたのだ。結果としてマニフェスト通り、全く問題ない事業所である事をしっかり確認できた。


 本来、俺が所属している品質管理課じゃなくて庶務課の仕事なのだが、緊急の仕事の関係でヘルプに入ったのだ。


「出張お疲れさまでした。平賀さん、今日はもうこのまま早上がりしてもらって良いですよ」


「ありがとうございます。ではお先に失礼します」


「はい、お疲れ様」


 課長への報告を終えて、そのまま出口へと向かって歩いていく。


「おい、平賀。今日は早上がりか?」


 声をかけてきたのはデスクワークをしている、作業着姿の同期の今永だ。


「今日は朝も早かったからな。先に上がらせてもらうぜ」


「おう、お疲れー」


 同期と軽い挨拶をかわし、出口近くまで来たので働いている同僚たちに挨拶をした。


「お先失礼しまーす」



 そのまま歩いて自宅へと向かう。この辺りはウチと似たような工場が多く建てられている臨海地帯だ。


 勤務先のこの工場へは普段自転車で通勤しているが、昨日工場所有の車に乗って帰宅し、今日は朝から直行で取引先に向かい、そして夕方になって工場に帰ってきたため歩いて帰るしかない。


 家まではおおよそ三.五キロと歩くにはやや遠いが、時刻はまだ四時過ぎなので、五時までには家に帰る事が出来るだろう。周りが工場地帯な事に加え、帰宅ラッシュには早い時間もあって、歩いている人も車も通りは少ない。


「さて、と」


 俺はスーツの内側の胸ポケットからスマホを取り出した。


「歩きスマホは良くない事だけど、人もいないしちょっとぐらい良いよな」


 歩きながらスマホで動画サイトにアクセスし、ゲームの名前を入れ検索する。とある街で悪党になって無茶苦茶しまわる、世界で一番有名かつ一番売れているオープンワールドゲームだ。


 今年新作であるナンバリング六作目が出て、今日新PVが発表されるという事で早く見たくて仕方が無かったのだ。


 早速該当のPVを見つける。真ん中の三角ボタンをタップすると動画の再生が始まった。


「おおっ、これがゲーム機の実機動画とは凄いな!」


 俺は周りに人がいないという安心感もあって、スマホに夢中になりながらそのまま家路へと向かって歩き続けた……。



 関連動画、解説動画など一通りの動画を見終わり一息つくと、周りが薄暗くなってきたのを感じた。


 もうすぐ本格的な冬だから日が暮れるのがだいぶ早くなってきたな、と思いつつスマホから顔を上げて前を見る。


「あれっ? 会社の帰り道にこんな所あったっけ?」


 立ち止まって辺りを見回すと、見た事がない風景が広がっていた。立っている場所は砂利の混ざった地面そのままでアスファルトで舗装されていない。周りに街灯やガードレール、街路樹なども見当たらない。当然、車も走っていなければ、通行人もいない。酷く殺風景な場所だった。


 少し行った先には霧が立ち込め、その先はようとして知れない。


「えっ? えっ???」


 あせって辺りを見回すが、ここから見える範囲全てがそういう状態だった。建物などは一切見当たらない。


「はあ…………?? どうなってんだ……」


 スマホを見ると、先ほどまで動画を見られるぐらいには電波状態が良かったはずなのに圏外になっている。そんな馬鹿な……。


 辺りがだいぶ暗くなってきている。工場は臨海地帯にあるがそれなりに栄えた町に隣接している所だ、つまりこんな田舎の河川敷みたいな場所なんてない。どこからこんな所に迷い込んだのか……。


 おいおいこのままだと遭難するまであるぞ。暗くなってきて分かったが、前方遠くに仄かな明かりのような物が見える。


「どうする……?」


 あの明かりが文明によるものか分からない。ただ、この場所に立ち止まっていても本当に遭難しかねない。


 俺は意を決して、明かりの方へ向かって歩き始めた。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 後悔先に立たず、歩きスマホは事故の元。ゲーム動画を見たいがために守るべき交通ルールを破った罰にしては重すぎだろと思いつつ、歩みを進める。


「くそっ、荷物が重いな」


 日帰りの出張なのだが、心配性の俺は念のためとトラブルが起こった時に対応できるように色々荷物を持っていく事にしている。そのせいで担いでいるリュックが重い。と言って、その辺に捨てていくわけにもいかないだろう。 


 四角く重いリュックを担いでさらに数十分歩いたところで、明かりが灯っていた場所へとたどり着いた。


「……なんだ、この古風な扉は」


 辿り着いた場所には煉瓦で作られた壁に、火が付いた松明が一定間隔で取り付けられ、奥には木で出来た重厚な扉がしつらえていた。扉のノブは金属で出来ている輪っかだった。


 分かりやすく言うと、アニメの名〇偵コ〇ンでコマーシャルに入る時のアイキャッチ映像に似た場所だ。


 後ろを振り返ると、辺りは完全に真っ暗で、立ち込めていた霧もそのまま、とてもじゃないが進めそうにない闇だ。つまり、俺が取り得る選択肢は一つしかないわけだ。


 意を決して、扉のノブというか金属製の輪っかを握り手前へと引っ張ると、ギギギイィィという重い音と共に扉が開かれた。

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