第44話 財務大臣ハクトーワ氏
「成程、確かに私は国王陛下を始めとして、国政に携わる方々とも面識があります。私の料理を陛下や大臣の方々に召し上がっていただけるというのであれば、大変光栄なことでしょうな」
某日、ラ・メール・フンボルトにてボルギンに相対するは、エルフの大商人サブランであった。
サブランはカイギュウ貿易を本格化するために、関係各所の要人を招いての大試食会と銘打った会食を開こうと画策していた。
その際に腕を振るうのが、国の要人にも顔が利くボルギン氏というわけである。
「しかし、そういった方々は皆ご多忙なご身分です。私とて一介の料理人にすぎぬ立場、そうすぐにご面談が叶うわけではないことはご理解いただけますかな」
「それは勿論。窓口を見極めて色々根回しして、ようやっと会食の場が開かれるっていう流れになるはずや。ボルギンはん、この場合どこにアプローチするのがええでっしゃろ? 税率に関することやし財務省? それとも農産物や食料に関することやから農林水産省? あと外務省にも声かけた方がええかな?」
ボルギンは顎に手を当て、空に目を泳がせそれぞれの要人たちの顔を思い浮かべた。
「そうですな……。最も可能性が高いのは財務省でしょうか。ただ、仰るように農林水産省や外務省の方にも合わせて声をかけておいた方が、事がスムーズに行くことでしょう。規模感としては、そうですな……二十名前後の会食となりそうですな。紹介状を書かせていただきます」
「了解、ほしたら早速アプローチかけていきます、ご協力感謝しまっせ!」
さて、ボルギンの紹介状を手にサブランがホークアイの財務省に向かい、カイギュウ肉取引についての試食会を提案したところ、その知らせは直ちに財務大臣のハクトーワ氏の耳に届くこととなった。
「ふむ、早速件の商人が仕掛けてきたか。しかしボルギン氏を使ってくるとはな」
執務室でボルギン名義の紹介状をデスクに並べ、ハクトーワ氏がサブランの提案書を読み、秘書官の方に目を向ける。
「それで、農林水産省と外務省の方にも掛け合っているようだが、そちらの反応はどうだったかね」
「はい。新たな食文化が育まれる良い機会だと概ね好評な反応のようで、オジロワ農林水産大臣も乗り気な様子です。イヌワ外務大臣も、『ゴートホーンとの良い文化交流の機会になる』とのことです」
食事会の提案ということもあってか、秘書官も少し浮足立ったような様子だ。
「オジロワ大臣はまぁそういう反応になるだろうなとは思った。彼は、あー……良く言えば美食家だからね」
ハクトーワ氏はつい出掛かった「食い意地が張ってる」という言葉を飲み込み苦笑した。
「さて、この件は最終的に陛下にも見極めていただく案件……ともなれば、今の内に陛下への謁見も見越して、陛下の予定を確認しておく必要がありそうだ。根回しの方、頼めるかね? 忙しくなるぞ」
カイギュウ肉の試食会の話は、あっという間に王宮内で噂となった。
会食に参加できる者は「珍しい食材を食えるばかりか、あのボルギン氏が腕を振るう」という話に浮足立ち、逆に参加できない者たちは血の涙を流して悔しがった。
そしてその裏では着々と準備が進み、企画が提案されてから一週間というスピードで開催当日を迎えた。
会食に出席したのは財務大臣のハクトーワ・ターカー氏、農林水産大臣のオジロワ・ウミワシゾク氏、外務大臣のイヌワ・モーキン氏を始めとした、各担当省庁の高官たち、そして宮廷料理長のトビィ・トーンビィ氏という顔ぶれである。
「えー、皆様、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。ゴートホーンよりやって参りました、ユリカ商会のサブラン・ユリカと申します。今回皆様にお集まりいただいたのは、他でもありません。ゴートホーンが誇る名産品、カイギュウ肉! それを使った料理を試食していただくべく、このような機会を設けさせていただきました。そして今回、特別に腕を振るっていただいたのは、ホークアイでも一流と名高い料理人、ボルギン・ペングウィンカ氏です!」
壇上のサブランが声をかけると、ボルギン氏自らワゴンを引いて現れ、テーブルに試食品となるカイギュウ料理――カイギュウとウニのクリームパスタを配膳した。
「こちら、カイギュウとウニのクリームパスタでございます。カイギュウ肉は海の幸との相性がよいため、濃厚な味わいを持つウニと合わせました。これにより、本来よりも磯の香りの引き立つ風味豊かな仕上がりとなっています。勿論、カイギュウ肉が本来持つ力強い旨味もしっかりと感じられます。是非お召し上がりください」
ボルギンが説明をし終えると、待ってましたとばかりにオジロワ大臣が手を合わせた。
「待っておりましたぞ! セーラ神の名の下に、いただきます!」
その声を皮切りに、参列者は次々と祈りを捧げてからフォークを手に取る。
そして。
「うほぉ、こりゃ美味い!」
「なんと、これはこれは……!」
「うーん、海を感じる良い味ですなぁ」
次々とその美味しさを絶賛する声が広間に響き渡る。
その様子を慎重に観察していたハクトーワ大臣も幾ばかりか警戒心を緩め、目の前のパスタと向き合う。
(ボルギン氏のような一流シェフの料理であれば、味に間違いはないだろう。問題は、この食材……貿易の品として見た際の価値と、その将来性だ。それをこの料理から見いだせるかどうか……見極めさせてもらおうか)
ハクトーワ大臣も小声でノッテ神に祈りを捧げた後、フォークでパスタを巻き取り、それを口に含む。
ややあってフォークを置き口元を軽くふき取った後、その口角は確かに上がっていた。
「成程な。確かに美味い。陛下や国民が興味を持つのもわかる」
「お、ハクトーワ殿が素直に褒めるのは珍しいですな!」
声をかけてきたのはオジロワ大臣である。
口元にウニクリームをつけたまま笑うオジロワ大臣は、傍から見てもカイギュウ肉に大満足している様子だ。
「カイギュウ肉、素晴らしいですな! ホークアイは海産資源が豊富な国ですし、海の幸と相性が良いのは、国内産業にとっても良い刺激となりましょうぞ! それに、既存の畜産肉との差別化が明確であるならば、国内の畜産農家への影響も少なくて済みそうですな!」
「そうは言うものの、あなたの場合は結局のところ『もっと美味いものが食いたい』に行きつくのでは?」
ハクトーワ大臣がチクリと刺したが、オジロワ大臣は「もっともですな!」と笑って流した。
「して、ハクトーワ殿はどう見ておられるので?」
「そうだな。私としても良い商材だと思う。資料にも目を通したが、安定した供給も見込めるとのことだ。つまり、税収としても安定する」
ハクトーワ大臣は水で軽く口の中を潤した。
「近く、陛下に判断を仰ぐことになる。その後意向次第ではあるが、税率は15%を基準として考えたいところだな」
ハクトーワ大臣は絶妙に無視できない、かといって大きすぎない数字を提示した。
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