砕けぬ心ーHeatー

妖魔の城

 その妖魔は女を求める。麗しき者、傷ついた者、若い者も老いた者も、己の嗜好に当て嵌まれば自ら赴いて誘う。


 何故そうするのかを知る者は少なく、拐われた者を取り戻さんとしその城へ乗り込んだ者で帰ってきた者はいないとされる。

 それ故に妖魔は畏怖され、また、エタリラにおける大いなる役割を担う存在としても認知されていた。



ーー


 地の国ナームと水の国アンディーナ境界の街キアズミに竜車が到着すると、真っ先に下りるのはシェダであった。次いでノヴァも下りて先に走るシェダを追いかけ、タラゼドと御者を務めていたリオもまたすぐに後を追う。


 エルクリッドを拐われたことは既に伝えてある。そして、キアズミの桟橋の先端でシェダは止まり、水平線に浮かぶその場所を捉えた。


「あれがリリル・エリルの城……!」


 海に浮かぶその城は悠久を刻みながらも壮麗であり、今に生きていると遠目でもわかる。そこへ通じる石橋は途中から崩れ孤立無援ではあるが、船着き場の存在から行き来自体は可能らしい。


 リリル・エリルと名乗った女がいるというその城へ今すぐ向かいたい所ではあるが、ぐっと手を握りしめながらシェダは深呼吸をし寄り添うノヴァを見て気を鎮める。

 向かう手段を見つける事がまず先決であるし、そして何より、リリルに関するある情報が闘志だけで動く事は危険とシェダを冷静に戻す。


「十二星召、なんですよね? どうしてエルクさんを……」


 ノヴァが口にした十二星召の名にはシェダも思うものがある。ここに来る途中でそれを話したタラゼドが改めてノヴァ達に答えるように、桟橋を歩きながら語り始める。


「十二星召とはエタリラの為にその力を使う者達です。特にリリルは現存する十二星召で最も古い存在……独自の美学と理念に従いエタリラの為にと動くのです」


 タラゼドに次いでリリルの話を口にするのはリオだ。水平線に浮かぶ城を見つめ、何から話すかを思案してから静かに話す。


「エルクリッドさんを拐った理由は不明ですが、丁重にされているというのは間違いないかと」


「大丈夫、なんすか? それを信じて」


「故あって私も一度あそこにいましたが、悪いようにされた女性は一人としていませんでした。とにかく、船を手配し向かわねばなりませんね」


 女には優しい、ということなのだろう。ひとまずは安心したいところだが、やはり不安も大きくなるというもの。


 リオが竜車の時のように一人で何処かへ向かうのをシェダは見送り、それから再び海の方へと目を向ける。


(無事、だよな……)



ーー


 レースのついた天蓋付きのベッドの上に寝かされていたエルクリッドは、ゆっくりと目を開け少しぼーっとする意識の中で心地良い香りで覚醒が促された。

 だが身体を素早くは動かせず、何とか身体を起こした時にある事に気がつき目を大きく開いた。


(服、脱が……!? カードも……!)


 一糸纏わぬ姿にされ掛布が被さっているのみ。周囲を見回しても水差しが乗った小さな机があるのみで、それ以外は窓と出入口の扉だけだ。

 慌ててベッドから下りようするがぐらりと景色が歪み力が入らず、ぺたんと白い床にエルクリッドは伏せてしまう。


(身体が、自由に……何が……)


 朧気な記憶の中で誰かが自分を触ったこと、何かを話してたこと、服を脱がして寝かせたことが浮かび上がる。

 エルクリッドは頭を横に振って何とか立ち上がろうとするが、足に力は入らずそのまま伏せてしまう。


 と、ガチャリと音を立てて扉が開き、エルクリッドはその方に顔を向け警戒を強める。が、扉が開いても誰も入って来ず、しかしエルクリッドは自分の後ろに気配があるのを感じて振り返った。


「起きたようだの。だが無理をするでない……せっかくの綺麗な身体が傷ついてしまうではないか」


 クスクスと笑いながらそう言ってエルクリッドの手を引いて立たせたのは、手足どころか胸元も背中も露出させる服を着た妖艶なる女性だ。すぐにエルクリッドは警戒し抵抗しようとするがベッドに倒され、そのまま乗られ両手を押さえられてしまった。


「あなた……誰なの……!」


「リリル・エリルだ。そう怖い顔をするな……何、お主のカードは丁重に預かっている、心配するな」


 紫と赤の二色の眼は宝石のように美しく妖しく、艷やかな声は心を溶かすかのように優しい。顔を寄せてくるリリルの息遣いが甘美な心地にさせるが、エルクリッドは上手く力が入らない身体を身動ぎさせて反抗する。


「離し、て……! 離れ、な、さいっ!」


 抵抗するエルクリッドが自分の足に力が戻ると共に上げた足を振り下ろし、その反動でベッドを軽く浮かせリリルの拘束を強引に解く。

 が、刹那にリリルは抜け出さんとするエルクリッドを再度押さえ込み、今度は両手を後ろにうつ伏せに馬乗りされてしまった。


「元気が良くていい……ますます気に入ったぞエルクリッド・アリスター……!」


「どうしてあたしの名前を……!」


 二人が悶着しているとコンコンと扉を叩く音が聴こえ、エルクリッドを押さえつけたままリリルが視線を向けて微笑む。


「リリル様、エルクリッド様のお仲間が向かっていると報告が来ました」


「わかった、手筈通りに頼むぞ。わらわも準備をする」


 黒革の眼帯をつけた女使用人に答えたリリルがとんっとエルクリッドの後頭部を軽く叩くと、エルクリッドの目から光が消えて動きを止めた。

 そしてリリルがパチンと指を鳴らすとエルクリッドの身体に白の薄いドレスが着せられ、リリルもまた露出の激しい服を纏いエルクリッドを抱きかかえる。


「お主の事は後回し……十二星召リリルとして、仲間との絆を試してやろうかの」


 何処からともなく飛来する青色のコウモリにリリルが手を伸ばし、その手に止まるコウモリがカード入れを備えた篭手へ姿を変えて一体化する。


 十二星召リリルは窓から外を眺め、ゆっくり確実に城へ向かう船に乗るシェダ達を捉えていた。

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