早朝練習
交代で見張りをしながら一夜を過ごし、少しの寒気を感じる中でエルクリッドは目を覚まして天幕から外へ出て身体を伸ばした。
(って、あんま良い天気じゃないな……)
明るさはあるが生憎の曇天模様。いや、曇り空に見えたそれが深い霧によるものとわかり、腕と足も軽く動かしながら周囲に気を配る。
と、霧の中で微かに声が聴こえ、さらにカードを使う際の魔力の波長を感じエルクリッドは静かにその方へと歩き出す。
(あ、シェダだ。何してんだろ……)
視界が悪い中でカードを引き抜き、アセスを召喚していたのはシェダであった。
青き羽根を持つビショップオウルのメリオダスが空中を舞い、シェダが使うスペルによる火球を避けつつ距離を詰め急降下を仕掛け、それに合わせるようにシェダもすぐに閃く爪を避けてカード入れに手をかける。
そこから彼らがしているのが防御訓練とエルクリッドは理解し静かに見守った。
それは自らを標的にアセスの攻撃に対応する術を磨く事により、リスナーは咄嗟の防御判断を、アセスはリスナーからの攻撃に対する判断を伸ばす事に繋がる。
リスナーの基本的な訓練ではあるが、何故それを朝早くからやってるのかまではエルクリッドには少しわからず、と、気づいたシェダがメリオダスをカードに戻してから呼吸を調えエルクリッドの方に振り向いた。
「起こしちまったか?」
「いや、あたしが早起きしただけだよ。で、特訓してたの?」
まぁなと答えながら平静を装うシェダではあるが、エルクリッドは体温が上がり汗を流している事や、傷は浅いが少し出血している手などから長時間やっていたのだと察する。
(カードを使って疲れてまでやるなんて……)
アセス以外のカードは寿命がある。スペルならば使用回数と限度が決まっているし、ツールも何度も使えば摩耗してしまう。
特訓の際はそうした事に注意を払うべきだが、シェダがそれを度外視してるというのはエルクリッドは何となく察し、目をそらす彼をじっと捉えた。
「な、なんだよ。別にいいだろ特訓してたって」
目を細めながら見られたシェダは少し狼狽えながらも完全には崩れず、エルクリッドもそれ以上は見つめず別にと素っ気なく返しながらわざとらしく背を向ける。
「あんた十分強いし、これから旅しながら頑張ればいいじゃんって思っただけ。カード無駄にすんなって、師匠から教わったでしょ?」
「そうだけど! その……」
一瞬語気を強めたがすぐに言葉を詰まらせ、エルクリッドが振り返ってみると今度はシェダが背を向けていた。
手を握りしめる彼が口を開くのを静かに待ち、少し晴れた霧を裂く朝日と共に思いは語られる。
「負けたくねぇ、って思ったからさ。お前とかリオさんに……まだまだ俺は弱い、もっと強くならねぇと伝説のカードにたどり着けねぇなって、故郷の為に今まで以上に……」
シェダの故郷が不毛の地なのはエルクリッドもよく知っている。それだけ思いが強い事もわかるし、同時に人知れず影響を与えていた、いや、本来仲間とはそういうものと思い知らされた。
(そっか……あたしも、昔は……)
懐かしい記憶を薄っすらと脳裏に浮かび、かつての感覚を身体が思い出していく。
今のシェダと同じ事は自分も得たもの、そしてシェダもまた、自分と同じようにエルクリッド達もまた影響を受けてきたのだと悟れた。
霧が再び光を閉ざした時にシェダはおもむろにカードを引き抜き再びアセスを召喚。次に呼び出されるは魔槍を持つ英雄ディオン。
「俺らはもうちょい訓練する。まだ早いから模擬戦はするわけにはいかないしな」
「うん、そうだね。あたしは戻ってるけど、あんたはカード使いすぎたりしないよーにねー」
「わかってる」
霧の中に消えるエルクリッドを見送ったシェダは気を引き締め直し、訓練を再開しようとする。と、何やらディオンが槍を握る手に力を入れてるのに気づき、その様子に首を傾げた。
「どうしたんだよディオン」
すぐにディオンは答えず霧の奥をじっと見つめていたが、いや、と肩の力を抜きながら穏やかな眼差しをシェダへと向ける。
「何でもない。訓練というなら手加減はしないが……」
「手加減されたら訓練にならねーっての! さ、やるぞ!」
あぁ、と返しながらディオンは定位置へと移動しつつチラリと霧の中に再び目を向ける。何か違和感がある、しかし、杞憂とも思えるのもまた確かだ。
(タラゼド殿の結界がある以上、魔物はもちろん野営地周辺に侵入者などいないはずだが……)
魔法使いであるタラゼドが張った結界は近づくものの意識を自然に反らし、強引に入ろうとするものは弾く強固なもの。それ故に安心して休むことができるし、シェダもカードを多少使っても問題はない。
自分達以外は誰もいない。霧のせいで警戒が強まってるだけかもしれないとディオンはひとまず思い、静かに槍を構えシェダとの訓練に挑む。
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