うざったいルームメイト/差し出された禁忌の果実

灼灼金魚

第1話 世界に一人だけのシスコン

うちの兄はうざい。それも世界一のシスコンだ。


顔を合わせれば、まるで犬のように飛びついてくる。嫌がる私とは真逆に、兄はいつもご機嫌そうだ。

これを毎日、もう十年以上も繰り返している。正直、よく飽きないなと呆れたけど、もう諦めるしかないと思った。どうしてうちの兄だけがこんなにうざいんだろう……。


「めいめい〜! 今日はケーキを買ってきたよ! 大好きなショートケーキと、紅茶もちゃんと用意してあるからね!」


「う、うん、ありがとう……」


私の名前は依守 芽唯よりもり めい。兄は物心ついた頃からずっと、私のことを「めいめい」と呼んでくる。兄の方は依守 練よりもり れん

兄は今大学生で、株の投資でかなり稼いでいるらしい。顔も無駄に良くて、一緒に出かけるとよくスカウトされたりする。

正直、周囲からは美男美女カップルみたいに見られてしまって、からかわれることもある。


学校ではそれがちょっと嫌で、いくら私が兄を突き放そうとしても、兄はまるでボールを咥えた大型犬のように、どこまでもついてくる。

小中学生の頃は一緒に帰るのも楽しかったけど、高校生になってもまだ一緒に帰ろうとするのが、最近の悩みだ。


幼い頃から、兄は周囲の期待を一身に背負い、いかにも優等生のように振る舞う。

けれど、兄自身はあまり自分のことを話さない。話すのはほとんど、私のことばかりだ。

友達はいるらしいけど、家に連れてくることは一度もない。


「ねぇ、お兄ちゃん……毎日ケーキ買ってこなくてもいいんだよ?しかも一日に三度も……」

 さすがに私も先週にケーキ食べたいと言っただけでこんなに買ってくるなんて思わなかった……お金を使ってくれてるんだからその優しさも無下にはしたくない……したくないけれどさすがにこんな毎日食べてたら太っちゃうよ〜!!

 よし決めた!今度こそちゃんと断ろう!

「ん?どうしたんだ芽唯?紅茶が熱いのか?ならフーしてやろう」

 私が口ごもったところを隙逃さず気を利かせようとしてくる……さすがに高校生にもなってこんなことされる妹はいないよね……?そんな私をそばに兄は丁寧に息を吹いて紅茶をいい感じに冷まそうとした。

 

「ほら、どうぞ」

 

 兄はあまりにも満足そうな笑顔で渡してくるから、やめてすら言えなかった……いや、せめてケーキはちゃんと断らなくちゃ!

 

「あ、あのさ……ケーキを毎日買ってきてくれるのは嬉しいんだけど……」

 

「どうしたんだ?やっぱり……あれか?」

 

「「さすがに毎日は太っちゃうよ!/味に飽きたんだな!?」」


 え?そこ?普通に考えてそこじゃないでしょ……女の子に毎日こんなに甘いもの食べさせて太らないってお兄ちゃんは思ってるの?そんなわけないよね、だってお兄ちゃんはなんでも出来て成績だって学年首席級なんだよ?


「やっぱりそうだよな、オレも芽唯が飽きないように毎回違う味、違う店のケーキを買ってきたけど全部等しくの枠組みだもんな……」


 いやそうじゃない、違う違うそうじゃない!どれだけ甘やかそうとしてくるの!?道理で一日三回とも別の箱で持ってくるな〜って思ってたよ!


「あっ、さっき芽唯、なにか言ってた?すまない!オレが話を被せちゃってたみたいでお前の話を聞けなかった!許してくれ!」

 

「いやそんな謝んなくてもいいよ……ただ……お兄ちゃん、気持ちは嬉しいけどさすがにずっと甘いもの食べると私も太っちゃうって……」

 

「本当にそうだろうか……?オレの目にはいつもの、いつも以上に可愛い妹が目の前にいるんだが」


 あー、なんか気を使うのも馬鹿らしくなってきた……疲れる。お兄ちゃんはこんなに私に尽くして疲れないの?


「ねぇ、お兄ちゃん。いつまで私に構ってばっかいるの?」


「え?どうしたんだ……?」


「だってよく考えてみてさ、年がら年中ずっと私にばっか構ってくるよね?」


「そりゃお前がかわいいんだから、仕方がないだろう」


 私はこんなに露骨に嫌な顔をしているのに、この兄。ちっともわかってない。


「クラスの子にもお兄ちゃんのことを話したよ?いくら兄とは言え帰りだけじゃなくて、お金をたくさん使ってまで尽くしてくれるなんて少し気持ち悪いって。オマケに私までドン引きされてたんだよ!?ありえなくない!?」


「まったく、お前の同級生は何も分かってないな。学校しか知らないくせに何か他人についてあれやこれやと物事を語ろうとするなんて。そんな人とは付き合わない方がいいぞ」


 え?なに?これ私がおかしいの?お兄ちゃんの言うことが間違ってたことなんて無かった。でもなんか変……なんかおかしいよ……


「うざい……」


「え?」


「うざいんだよ!」


「い、一体……どうしたんだ?」


 甲高く怒鳴る私、珍しく動揺する兄……私もこんな事言うのは初めてだった。いや薄々ずっと思ってたのかもしれない……


 心のどこかでずっとおかしいと思ってた。だってそうでしょ?小中高からお兄ちゃんの話をするたびに周りは引いてた。これってさ……お兄ちゃんがおかしいんだよね?


「もう私にかまわないで!」


「えっ……?いきなりどうかしたんだ?お兄ちゃんに話してくれよ……なにかあるならお兄ちゃんが……」


「かまわないでって言ってるでしょ!?」


「……わかった。でもなにかあるんなら……」


「出てって!私の部屋から!」


「……うん」


 言っちゃった……こんなにヒステリックに怒ることなんて無かったかもしれないのに……なんでよ……なんで私がこんな思いしなくちゃいけないの?

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