第二話 蝉

──二〇〇九年七月八日 午前七時三五分──


今日の0時に来たあの文を見直してみる。

“子供を迎えに行け”──か。


なんか、ちょっと緊張するな。


出社する前に玄関にある姿見で、俺を確認する。


ショートの白い髪に白い肌。垂れ目の赤い瞳。


ネクタイの代わりに金枠の丸いアメジストのブローチを着けて、

黒いスーツに白いワイシャツ。


「紫色は……似合わねぇな」


そう言いながら黒い革靴を履いて、トントンと床を鳴らした。

ドアノブを握ると、冷房で冷えた手をドアノブが少しだけ温めてくれる。


『カチャッ キーッ ガチャン』


スッ……スッ……スッ……

いつも冷たく感じる廊下が、今日はやけに温かかった。


「かぁ~……」

歩いてると、暑いことを思い出した。


ミーンミンミン……ミーン。


「一回、自信なくしてんじゃねえよクソ蝉が!」



---


ガラケーが鳴る。

「あ゛? 」


パカッ。なんだ、イプかよ。


ピッ。

「もしもし? なんだよ、朝っぱらから」


〔なんだよじゃねぇよ! 今日は子供を迎えに行く日でしょ!? 何やってんのよ!〕


え? あ!! クソ蝉せいで忘れてた。


「すぐ行……あ、ダメだ。タイムタクシー呼んで! 俺金無い! お願い! 神様仏様イプ様!」


〔はぁ!? 今どこなのよ!〕


振り返ってマンションのエントランスを見る。


「えーとね、マンションを出て……二〇歩目くらいかな?」


〔ふざけんじゃないわよ! そこで待ってて! タイムタクシー向かわせるから! ん〜っもう!〕


なんでかわかんねぇけど、ニヤニヤしちまう。


「テンキュー!」


〔ほんっと、腹立つ〕

パタッ。



---


エントランスの影が俺の事を暑さから守ってくれてる。

自動ドアが開くと天国。


──午前七時四〇分──


パッ。


目の前に黄色のタクシーが来て、ドアを開けてくれた。

車内には俺の同期、イプが座ってる。


冷気が俺を迎えに来てくれた。


「テンキュ〜、いや〜助かった」

バタン。


灰色の瞳をキッと細めて。


「ほんとにいい加減にしてよ! もうっ」


口をギザギザさせてる。面白いなぁコイツは。


「ご〜め〜ん、明日なんか奢るから、勘弁して?」

「エヘッ」って感じで誤魔化した。


肩の力を抜いたイプは「はぁ…良いわよ別に」。

しめたっ! ニヤニヤしちゃう。


イプは運転席に身を乗り出して。


「運転手さん! 今すぐ午前七時五〇分の世界ポータル前に向かってください!」


「畏まりました。では、発進いたします」


カチッ。

シートベルトをキツく締めて…っと。


内蔵潰れそうになるんだよな〜、便利だけど。


ぐぅンっ。


車窓を見る間もなく進んだ。


「グガァッ、ヴッ」

二人で吐きそうになる。


イプの灰色の瞳が白くなってる。気絶してんのか。


カチッ、カチッ。

イプの財布からカードを出して──


〚ピッ〛。


イプを担いで、よっこいしょ。


「ありがとうございました!」


パッと消えたタクシー。

消える時に光る粉が出るのは、なんでだろう。



---


サクッ、サクッ、サクッ。

芝生に俺の靴の形の跡がつく。


「《世界ポータル》の前って、なんで森の中なんだろうな。

世界を行き来する時に使うゲートの縁が木でできてるからかな?」


ぐるぐるーって捻れてる木。

入る時、薄い膜を突き破る感じがして──なんだろう。

産まれる感じ? っていうのかな。


そんな事を考えながら世界ポータルへ向かっていると。


「ゔぅぅ……ろす」

お、目覚ましたかな? 


「んぅ〜」

なんだ、寝言かよ。


それにしてもイプは油の臭いがするよな。

こいつ仕事部屋にいる時は頭がタイプライターだしな。

しょうがないな。


いや〜、子供ってどんな子なのかな?


「お前五〇キロくらいか……太ったな〜! アハハハ!」


イプが俺の腹を足で蹴る。

「グアッ!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パッチワーク 〜シングルファザー編〜 青いペン @nagi0323

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ